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モノローグ

文章を書こうとはいつも思っているが、やっと精神的な余裕が生まれ、再度ブログと向き合おうと思って書いている。どちらにしろまだ、人生でもっといろいろ出来るはずだ、と思いつめながら生きているのは変わらない。食物連鎖の最底辺で蠢いているのを、皮膚感覚や現実世界の階層として認識させられる枠組みの中に入り込んでいるのを、とにかく、その中に居る実感というより、その最中にいるんだ、という以外にない言葉通りの社会の一員として働いている。アルバイトとは言え、その会社の一員だという風には見られる。新しい顔や人格を手に入れたと同じことだ、というのは理解出来る気がする。

年齢的にあとここで一年以上アルバイトするような社会生活もまずい生き方だろうな、とは思いながらも、そんなことばかり考えているので会社に馴染めない一因となっているのだろうなとは理解しているので、3年はここで働くつもりではやっているが、どちらにしろ、そんな気が長いことも初めから考えてはいるので、これも人に与える印象として良くは無い面もある。

どんなことをモノローグとして考えても、二面性のある印象を同僚や上司に与えてしまう。それはどっちに転ぶかは分からない。長所を悪く取られたり、短所を良く捉えられたり、ということだ。そして、結局は、人によって仕事のやり方が違う。同じことをやっているはずなのに、人によって全く違う対処をする。これは他でも働いたことがあるので、念頭には置いてはいた。それはともかく、白紙の状態から仕事を覚える点で、まだその途中の状態だが、とにかく、目に見える形で世界を認識する方法が人によって違っているのが会社の枠組みで行動で目に見える点が面白い。

パソコンを多少触るので、完全無職の間に長文ブログをやっていた経験は生かすことができた。文字入力での仕事の効率、時間浪費を防ぐ、という点で。パソコンのキー配列に慣れている程度で、他の方はアルバイトと言えど、もっと私なんかよりもタイピングが早い。どんな世の中なんだよ、と思う。人の能力と自分を比べたり、自分の置かれた立場のようなものを考えると情けなくなるが、そんなことはどうでもいいと突き抜ける精神も必要とされてくる。

もっと人を信じたり、自分に自信を持つという点も、私は激しく能力が劣っている。この辺もある種吹っ切る必要がありそうだ。

会社員として働いたこともないし、派遣社員として働いたこともない。アルバイトは気楽だろうと思っていたが、この不況時、そういうことでもないようだ。無駄な作業が切り捨てられる瞬間にも何度かもう立ち会った。

詳しくは書かないが、これから衰退していく一方の業界だろうけど、ある種ここで雇えて貰えてラッキーだったと思う。つまり、仕事の内容ではなく、同僚や上司に恵まれている愛社精神が芽生えた、そのような職探し時に考えていた意味でなく、ある種働いていて幸せだと感じるし、これ以上の私という人間に合う職場はこんな田舎では他にはないとは思う。とにかく、変な向上心を捨てつつあるから幸せだと言ったところか。10年前ここで働いていれば、時代的にあらゆる面で最高の職場だろう。アルバイトから社員になることも可能だったかもしれないし、私にとっても憧れの職場だったと思う。時代は変わるものだなとは思う。時代的な余裕もあるが、10年前ここで働くのは私には一番避けたい職場だったのも明示しておかないと正しくない。そういった意味で、何かを乗り越えられた場所に立っている事実が、自分でも働いていて幸せだなと思える点だ。

とは言っても、ただ年齢を重ねて感覚が鈍くなったというだけだろう。同僚と比べると激しく能力が劣っている。私みたいな人間がここに立っていて場違いなのではないか、そのような疑念は絶えない。努力で越えられない生来の気質みたいなものがある。人によって仕事のやり方が違うと先に書いたが、その点でも、まだまだ何も知らない全くの白紙状態の私が及ぼす影響もあるだろう。人に積極的にコミュニケーションをはかっていくタイプの人間では私はないけれど、私が存在している一点で、人に影響を与え波紋を与える。

洗練されていない野暮ったいキモヲタだか、知能が弱いみたいに思われている被害妄想だか事実だかは拭えないが、結局は被害妄想の方が強いのかもしれない。人に好かれるようなタイプではないのは確かだ。

正直、悩んでいると言う意味でなく頭が痛いので、日記のような感情の処理のようなブログを、今日のところはこの辺で書き終える。

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