私の老いの確定から、また人生を根底から考え直そうとは、しているところだ。
こんな年齢になるのに、アルバイトの仕事にも受からないし、人間生ゴミのような気分になる。何のスキルも経験も知識も全く無い。それに加え、年齢的に、社会との繋がりが全く見えなくなってきた。最近は、レンタルビデオ店が漫画も貸すようにシフトしていたようだし、そういうのはアルバイト求人募集要項を読んだりでその店舗のホームページを見て初めて気付いた。とにかく、私はそういった店と全く無関係の人生を構築してきた。そんな店、漫画喫茶とかアニメショップとかと、全く無縁だ。今の私の人生に何の関係性も見出せない。そんな場所に行くより、家でYouTubeとか観ている方を選んできたから、具体的にはそういった環境が家の中にあるから全くの無縁なのだ。
とにかく、働くとしたらそういったビジネス形態の店舗とかで働くことを検討する以外に、田舎に住む私が、とにかく、そういった方向性の選択肢しか残されていない。こういった店舗が存在する意義が私には分からない。定職定収入が成しえたら、多少はそういった店を利用する機会もあるかもしれないが、それはそれで、それらとはまた別の形でお金を消費する場所を見つけて来るだろうとしか思えない。この世の中、というより、この私が住む地域に私は全く居場所が無い。私とは全く無意味な商業形態ばかりが発展して行くばかりだし、もうすでに時代に取り残されたということを、仕事の面接に受からないということで体感させられ続けている。
まあでも、仕事の面接を受けてみる遊びもまだ始めたばかりだ。遊びというより、精神的に追い詰めないように、少し自分自身から切り離してやっている行為だ。
とにかく、私には何も無い。それに、性格的になのか、人格が破綻しているのか、どちらでもこの際どうでもいいが、私は分類されるのが好きじゃない。何者でもない者に、全人生費やしてどうやら私は成りたかったらしいし、現在でも多少はそうであろう。何をやっても何の成果も出せない人生だから、負け惜しみで言っている可能性が高いが、そうでない解釈を示せる自信もある。
現在は本当にいい時代だと思う。いろいろな考えを持った大人たちの思惑など入り込む余地のないぶれの少ない時代だと思う。他にどういったらいいのか分からないが、イデオロギーの入り込む余裕の無い時代とでも言い換えるべきか、社会構造の細分化が行き渡った時代とでも言うべきか、そんな感じの。しかし、私自身はあまりそういった恩恵に与れていない気もしているし、疎外感ばかりを感じる。私自身が、本当に生きていて無意味だと思う。未来に希望を持って生きるには、歳だけを重ね過ぎていることが否応無しにはっきりと今は理解出来る。
自分が何をしたいのかが、浮き彫りとなる形で理解出来るようになって来た、ということかもしれない。とはいえ、私は自分が何の目的を持って生きているのかが、全く分からない。変に成功して変に型に嵌って結果時代に取り残されるのを危険だと本能で感じ避けているのか、私の才能の成長の余力を正しい時期が来るまで先延ばしにしているのか、何なのか全く自分が読めない。そういったことを避けて何の得になるのか? と、逆に自分に問いたい。そんな間違った人生だと確定したとの疑念が拭えない。
とにかく、もう老いてしまった。人生もこのようなものだというのが確定され、もうそうそう大きくは動かせない。動かしたくない方ではなく、固まってしまったものを動かせる余地が無いと感じる方の意味だ。私の老いの確定から、また人生を根底から考え直そうとは、しているところだ。