私は静かに生活したい。
自分は何がしたいのか、目的を見失っている。最近はただただ眠いので、寝てばかりいる。昔からこういう生活をしてきたようだ。横になってテレビを観る。そのうち仮眠する。そんなことをしているので、目が乱視になったのだろう。現在も垂直のモニタに、モニタが乗っている台に水平に頭が水平になるように傾けると乱視が機能しなくなり正常な視界が得られる。人生が初期の段階で失敗しているとしか思えない事実。
それはしようがないし、これから先も付き合っていかなければならない身体としても、今まで人生でそうやって生活してきて、邪魔が入ったことなど一度も無かった。ここに引っ越してきてからは違うので、全人生かけて培ってきた生活スタイルが全く意味を成さない。
私は静かに生活したい。その意味するところには、田舎者に生活を侵食されたくないし、田舎者の生活スタイルに影響されたくないし知りたくもない、それらの意味も含まれていることが厄介だし、そのことによって人生が呪われている。自分で掛けた呪いで自己責任なのかもしれないが、私なりの処世術なのは動かせない真実であり、……その後に文章が続かなく、沈黙するしかないが。
言葉自体への反応としては、自分が自己責任だと自分を論理的に丸め込むのは倫理的に許されてもいいのだろうが、その判断が他人を巻き込む判断であった場合は修正されるべき論理的決断だろう。他人からそれは自己責任だと言われたくないし、その発言権を奪うくらいのことは私はすることは言うまでもない。動かせない真実自体も、私に有利に働くように、少しずつ力を加えていくくらいのことはする状況もある。しかし、そんなことばかり考えていては疲れる。自分の世界観を豊かにすることに、全時間帯の毎秒を注ぎたいという、人生においての最優先事項の内的基準を持っているし、他人が馬鹿騒ぎしているのを締め切っているのに一方的に聞かされると、自分も騒がないと損だという考えしか浮かんでこない。何かを見聞きしてしまうと、何か反応しなくてはいけないのが、人間の本能なのだろうから、しかたがないのはしかたがない。
本能と経験から人間は物事に対して判断する知的生物、なのかもしれない。とにかく、様々な考えが浮かんで来て、処理できない。睡眠を充分に取れている今の状態では人格が落ち着いているが、何の生産性も無い状態だとしか思えない。内面の全てをブログやツイッターに書き記した、もうこれ以上書く種も持ち合わせていないし、何も芽生えてこない。また土壌を豊かにする作業に戻らなければならない時期なのかもしれない。ブログにおいて書けることは全て書き出した。