オレの人生クソだ、とりかえっこプリーズ。
毎日何もできない。何も成せない。時間だけが過ぎて行くし、もう年齢も若者でなくオッサンだ。アニメなんか面白いとも思っていないのに、新作アニメを一通りチェックしないと気が済まない。何かしら面白いところを見つけて気持ちを次回へ繋げるんだけど、これを見続けることで何の意味が派生するのかが、何年もこうした生活を続けているのに未だ分からない。意地に成っているところもあるのは認めるし、何かを続けることで精神的及び人生的メイジャーブレイクスルーを望んでいるのも確か。
怒りが生活の全般を占めているし、アニメに執着しているのも怒りかの動機によるものであるのも確かだ。何故、こんなに怒らなければならないのか? とにかく、私は物語を求めて、試行錯誤の人生を送ってきた。私は物語が書けない。書けるのはこのようなタイプの文章で、これ以外何も書けない。試行錯誤した成果と言えるのか、このようなものではないか? という、あたりをつけることはできた。
いやいや、これは違うかな、とそれを言いもせずに引っ込める。とにかく、人生で物語が全く書けないし、言語的能力が年齢的に落ちたな、と年々実感を強めている。ある種、言語能力が落ちたし、ある種、言語能力が経験という名で増した、とは思う。
とにかく、一日の内で私の気分はころころ変わる。こういった気分だけを切り取ってブログに統一感を演出することもできるし、ハッピーパーソンみたいなキャラクターを演出することも理論上は可能だろう。人生最低な気分に嵌まり込むのが好きでやっているような言い方をしたが、事実、私の人生は運が悪いし、グラフというものが描けるのなら地を這い続けた全人生。
気分を抑うつ状態で全人生を過ごしてきたが、今その人生の意味がやっと分かり掛けている。べたな例えだが、長距離走者と短距離走者の性質の違いと同じことだろう。前者はペース配分を常に考えなければならないし、その状態を長く続けること自体にこの上ない快楽を覚える以外にない。
しかし、それが上手く機能していない挫折人生なのが問題な訳で、その手法は捨てる以外に無い、という考えにしかそのことを考えた結論として毎度至る以外に思考の道がない。
人生毎日毎年毎秒何も出来ないし、何も成しえなかったし、何も持っていない。