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私の人生の全体像を俯瞰して観る

言葉が出てこない。言葉は出てこないものだ。1年以上買って放置して開封もしていなかったプリペイド携帯が、本人確認が再度必要になった。この電話がないと、ジョブインタビューのアポイントメントの段階さえも辿り着けない。こんな早い段階から社会復帰に挫折している。

正直、人生どうにでもなる。社会復帰しようとか、人並みの生活を送ろうとか、足並み揃えようとか、その程度の人生のボトムラインすら取り去ってしまえばいい。誰でも簡単にひきこもりでも、ニートでも、自由に成ることができる。生活することを放棄しさえすれば、誰でも成ることができる職業だ。

とにかく、それに加え、今までの自分を生かす方向性を探っているのが、人生の重荷なのかもしれない。人生は反転するものと信じている。何も信じていない自分が、信じている唯一のものが、「今までの精神的物理的潜在的莫大な負債が、真逆に働き得る」そのような信仰を持っている。信仰とか規定してしまうと語弊があるだろうが。

その語弊の方向性で言いたいことがあるとすると、占いとか厄払いとかに縋りたいと思ったことは何度もある。今は年齢的にだか精神的にだか、距離を置くことが出来ているし、そんな欲望もない。誰かに占って貰いたい欲望や、厄払いをしたい欲望というのも変な話だが。とにかく、人生早い段階から挫折していたんで、そんな感じのものに縋りたいと思い込んではいた。

私の人生の全体像を俯瞰して観ることの出来る能力者に、何かアドヴァイスが欲しいと考えていた。全く実行には移さなかった。今もそのようには思うが、過去の自分との違いはこのような商売は詐欺だと確信しているし、もっとその大元まで逆に辿ると、そもそもお金の流れ全般に憎しみのような恨みのような嫉妬のような感情を強く持っている。その確信を裏返せば、とにかく、信じることの出来るのは、信仰の対象と成り得る世界の真理は、お金だと今では確信しているということだろう。

話が散漫になって来たが、少ないお金でや、少ない行動力で、過去の人生の心理的清算が出来たり、何か衝撃の一言を他人に言われて、人生がそこから劇的に一遍したり、とかどうでもいい。単に、明日は今日の続きでしかないから、未来も今日のような無能な人生の無能な一日でしかない。そこまで自己卑下的に脚色しなくても、劇的な変化を好む人生と、劇的な変化とは無縁の人生があるのだろう。

話の伝えたい点が拡散しているように私はライブで書いてて感じているし、話が纏まらないんだが、とにかく、やっぱ今日は深追いするのは止めて置く。日時を改めて。

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