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レギンス

後頭部から背面に張り付くような暑さに参っている。映画スタンリー・キューブリック監督『バリー・リンドン』のような夜景を見下ろす夢とか、最近は夜寝ているので夢をたくさん観た。惜しむらくは、『バリー・リンドン』未見だということ。丘の上に巨大なプールがあって、灯篭流しのように柔らかい光に包まれている。丘というより山の高原だろうか。一般的な日本の山々。山の上の平地のプールなのに見下ろしているし、何かそのプールは自分のもののような気がしているので、更にその上に、パークビューを売りにしているホテルのような公団団地のような一室に居るような気がするが、部屋の内部構造は見えず、とにかく、灯篭流しのようなプールを見下ろしている。いろいろそのような夢を見たが、これ以上は私的な内容なので書くのを止める。煙草を吸うようになって、自分の呼吸が煙草を吸っている感覚がするので、入眠時などの浅い眠りの時に、煙草を吸っている夢を見る。

信用できない語り手(Unreliable narrator)という小説技法を最近知ったのだが、こういう物語の書き方もあるのか、と新鮮だか斬新だかの物語に取り組む切り口として興味深い手法だと思った。ある種、日記ブログも「信用できない語り手」であるだろう。読み手にとっては。書き手にとってもか。とにかく、素人の文章の情報を摂取する割合が大きいネット時代では、意識しないながらも馴染み深い手法だろう。だが、やはり、ネットは信頼で成り立っている。一方的にしか知らない相手だが、やはり、信頼できる書き手と信頼できない書き手を、まず読む前に決めて掛かっている。

私もブロガーを二種類に分類しているとはいえ、「信用できない語り手」の方に分類されると理不尽な対応を受けている気になってしまう。とは言え、「信用できない語り手」自体にも細分化された方向性がある。とは言え、私はそういうことを言っているのではない。信頼している書き手か、信頼できない書き手か、という分類を他人のブログを読む際私はしている。後者は心の栄養にならない糞としか思っていない。

レギンスというより布地の薄いストキングに近いスパッツなんだろうが、とにかく、レギンスと聞いたり文字列が視界に不意に入ってくると、成年コミックである東山翔『Gift』のイメージが速攻脳裏に浮かんで、しばらくは離れずしょうがない。レギンス自体を見ても何も連想しないんだが、レギンスと聞けば条件反射ですぐその状態の脳内になってしまう。

Movable TypeからWordPressに移行しようと思う。パーマリンクのURIは変えてしまうかもしれない。パーマリンクをもっとシンプルに一新しようと思っている。だが、どういった形にするかで、先ず躓いている。だが、話ではWordPressでは、いろいろなことがシンプルに変更できたり、AdSense関連のプラグインもあると聞いた。今より楽にブログを楽しめそうだと、ブログに対して再び希望が湧いてきた。ブログのコメント欄もトラックバック機能も設置しない人に特化したブログテンプレートを、私は求めている。

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