物語を手放そうとしている。
物語を手放そうとしている。物語を手放すことで、物語を再取得しようと考えている。後は、肩の力を抜こうとしている。余計な力を抜くことで、最高の文章をブログに残したい。私の人生は、過剰さに救われたし、助けられたので、過剰のみの手法を何を達成するにも好んで用いる。
精神的に楽に成れる言葉を自分用に自ら編み出しても、そもそも、精神的に楽になる必要があるのだろうか? 能力の100パーセントを使いたい、と望むことは罪なのか? 一般的に、人は20パーセントから60パーセントぐらいの力しか使ってないように、私には見える。見たくないものが見えやすい方だと思う。不必要な情報は、そもそも目にしたくない。
就職したいが、もうすでに、ネット上の人口が少ないような実感を受ける。世間は長期休暇らしいので、時期が悪い。とにかく、就職したい。何に就職すればいいのか分からない。ホームレスに成った方が気が楽だ、と以外思えないし、死ねば全て解決する、としか思えない。9時-5時の仕事を探すことに集中すべきなのか、何を差置いても一生学んで行けるような仕事に就くべきなのか、何なのか訳が分からない。
最近は、こんなことは書きたくないのだが、外に出るようにしている。とはいっても、無駄なことに使っている。少し前に、秋頃に活動的な日記を書いたが、生活をゼロから立て直す為に必要な物品の買出しなどの目的で、少しづつ外出したが、精神的に追い詰められていた。今も精神的に追い詰められている。結局、何も人生で成すことが出来ない人生だった。
10代や20代のような感覚でブログを書いてきたが、もう無理だと思う。もうおっさんだ。体力的に無尽蔵であるかのような感覚では行かない。
また書く。物語を手放そうとしている理由も書きたいし、中毒や依存についても書きたいし。
私自身も、私のブログも、同様に社会的にゴミ同然の存在だ。