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アニメ『リストランテ・パラディーゾ』

アニメ『リストランテ・パラディーゾ』は脳内快楽物質をほとばしらせながら、私的に快楽的に視聴できるアニメだ。しかし、こういった女性文化を嫌っている。小洒落たようなおままごとのような、そもそも食事を楽しむ場所というのが、私の理解の範疇を超えている。というより、こんな場所で食事するような金銭的余裕がないから、憎んでいるのだろうが。このアニメ自称の「眼鏡紳士」だか「老眼鏡の紳士」だがが、男として気持ち悪い。まったく、絵にも声にも萌える隙がない。

だが、ぶっちゃけ、主人公のあどけなさが全く抜け切らない21歳のロリータボイスの快活な女性、だけが目当てで観ている。それに加え、30歳越えの無職童貞としては、そんな初々しい若い女性とセックスしたいじゃん? で、老眼になる年齢は「40代から60代初めに自覚されることが多い」ということらしい。

とにかく、このアニメは2話まで観た。その2話目にネタバレだが、主人公の女の子がその老眼鏡の紳士をセックス目的で押し倒すシーンがある。未遂に終わるが、服やシャツのボタンを脱がそうと、特定の人物に対して性的目的を達成する目的で一心不乱に、細々したシャツのボタンをまどろっこしさ全開で細々外しに掛かる、その無抵抗の人間に対する手間取った作業は措いといて、表情は一環している。その表情に最高に萌えたし、史上最高のアニメシーンだと思っている。

とにかく、その逆送り狼の、21歳のあどけない主人公の女の子に対して、給仕長の老眼鏡紳士の年齢はWikipediaに載っていなかった。ということは、年齢設定は読者の想像力に任せているアニメと、私は理解した。そして、30歳越えの無職童貞としてはに話を戻すと、今から10年遥かに切っているが、まあ10年の有余があると思わせる、希望の星のようなアニメとして、観ているのかもしれない。

10年の有余があり、かつそこから20年間、父親的役割が乏しい生育環境で育ってきた女性に、その理想の父親像を少し演出して接してやれば、向こうから勘違いして性的に求められるし、向こうが求めてくるのだから、こちらの責任が全く無い(ようにも断定できる)状況で、21歳に帰った気分で性的関係が持て得る。そんなことが現実に、かつ高確率で自分の人生にも起こり得るのでは? という夢を持たせてくれるファンタジーとして観ているから、こうも快楽的に観れるのかもしれない。

ぶっちゃけ、そういうことでしかない。実はそういうからくりかもしれないが、実はそうでもない側面もある。女性向けアニメや女性向け海外ドラマが、私は好きだ。嫌いな作品の数の方が、実は多いかもしれないが、女性向け作品に、私は寛容な男性の方だと思う。何が魅力かというと、すでに書いたように、女性が発情している作品だから、だ。

実はそうでもない側面もある説明は、男性向けや一般向けだと、女性の内面が描かれることがなく、外観の情報からしか女性の立場を知りようが無い。とにかく、女性向け作品というのは、女性視点から社会や男性を観る、その視点が男として新鮮に映るから、女性向けを好んで観る。女性の考え方は、男として生きていて考えが行き詰る人生の場面や窮地に置いて、新鮮な閃きをもたらしてくれる神のような人間の種別だと思っている。

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