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代償行為

何をするのも面倒だ。ファミコンを久しぶりにプレイした。しかし、どのソフトも10分程度で飽きた。しかし、この意識の高揚感は中毒性があると思った。しかし、ファミコンはつまらないのでもうやりたくない。あの高揚感だけは、当時のものがそっくり味わえたが、当時もどうせすぐ飽きていただろうし、高揚感だけでゲームをする訳ではない。何かハードルの低い達成感の積み重ねが、この上ない快楽で高揚感がある、ということだろう。誰も、私にこんな簡単な課題を課してはくれないので、人生に何のゲーム性もない。いやいや、ネットゲームなんかやっていると、いろいろ不意に話し掛けられたり、善意の押し売りされたり、その上逆切れされたり、botの疑いを掛けられたり、ゲーム自体に終わりがなかったり、お金を稼ぐ方法は複雑な手順を踏まなければならなかったり、ゲーム内マネーのゲームバランス調整が精神的にじわじわ響いてきたり、ソロプレーヤー目的で参加する者には、心理的負荷が高い。とにかく、そんなものはどうでもいい。私自体が双極性傾向が強い性質があるのか、ゲームの中毒性に二種類あって、躁プレイ期間と鬱プレイ期間とが交互にくる。そんな説明はどうでもいいか。とにかく、私にはゲームは向いていないということだろう。

市外の市の求人だと面接を受けてみようという気にもなる気もするのだが、地元地域は悲惨な状況にある。もう、給料の低さに注目集中して、面接でも受けようと考えている。人は平等ではない。私は何らかのクリエーターに成りたい訳ではない。自己表現するにも技術が必要だし、資金や環境も必要だ。私には何も無い。言葉しかない。しかも、言葉による自己表現もままならない知力しか備わっていない。あるのは、自分の人生に対する呪いと呪いの言葉しか持ち合わせていない。

とにかく、自己表現するにも技術が必要で、技術力不足を感じているし、不満が最高潮に達したから、オフラインの誰にも気遣う必要がないファミコンでもやってストレス解消としようかと思った次第。クソどうでもいい文章しか書けない。クソどうでもいい人生にクソどうでもいい人間にクソどうでもいいブログが似合う、ということで、クソどうでもいい文章をクソ流してやる。

とにかく、私は自己表現がしたいだけだ。文学が書いてみたいし、成人向け漫画が書いてみたい。そこまでハードルを上げなくとも、ただ、落ち着いてブログを書きたいだけだし、萌え絵を描いて、その辺は複雑な動機がありそうなので、一言では言い表せないが、イメージの女性を絵で表現したい、女性に対するイメージを絵で表現したい、自分を女性化させて多くの人に見て貰いたい、どれでもいいが、そんな感じでアニメ絵を描いてみたい。アニメ絵や萌え絵というより、60年代フランスの雑誌や新聞広告などに見られるアニメ絵のようなものが描きたいのかもしれない。

恋愛することが自己表現の人生も、それはそれで否定はしないし全面的に肯定する用意があるが、まあ動機によっては、お前はちょっと落ち着けよとなるかもしれない。最初は面白がって観ていたのだが、とらドラはクソアニメだ。大衆的に有名な言葉の引用で自分をキャラクター化する不思議ちゃんもどきはクソうざいは、安っぽい雑誌のファッションモデルは外見だけを誇るのはなくキャリアウーマンや知的美人を気取って、物語の神の視点で語りだすし、トラウマを抱えているからこその暴力的な金持ちの娘的な女もいるし、まあ、とにかく、キャットファイト的な物語に成り下がって来ている。

こんなことを書くと、女性蔑視の男性だと私に対してイメージを持たれてしまうかもしれない。とにかく、人生のステップとして、そういった3タイプの女性と恋愛したかったな、とは思っている。思っているからこその、その代償行為として書いているようなものだ。

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