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ひきこもりの言い訳、ニートの言い訳、高年齢無職の言い訳。

生きている心地がしたことがない。ブログを書いていても、他者から奪われる一方で、与えられることがない。他人の時間を奪って、質問攻めにされる。膨大な文字列に自分を変換し続けて来たブログなので、もう答える必要が無いのだ。それに、私ばかりがリスクを取らされて不公平だ。対話にもいろいろあろう。人と人を結び付きを、段階的に強めていく為の、当たり障りのない会話。互いの利害が衝突した際に、その妥協点を探る試みのような対話。とにかく、私がこのブログ全体に書いている内容は、純粋に自分用であり、社会との接点を探る試み、その両方の動機がある。他人に、言い訳をするような状況に追い込まれたら、相手をただ口汚く罵る方法も取りえるし、質問を質問し続けて返しして、相手の気力を奪う方法も取りえる。他人に言い訳をしてもしようがない。自分に言い訳をすることになるし、そんなことになれば、じわじわ時間差で自分の内面を苦しくしていくだけだ。それは、嘘をつけばなお更、ボーナスポイントが雪だるま式に加算され続けるし、真摯に接しようとも、自分の言語能力の低さに、自分は間抜けだという名目で、自分の内面に良い影響を与えない。しかし、精神的ショックの有用性、そこから得るもの、という方向性も派生する。精神的な力学やコミュニケーションの力学のようなことを、今日は書いてきた。とにかく、私は言葉を求めてきた。それは時代にそぐわない方向性だった、と後悔している。自分の内面に整合性を与え続けたし、その言葉を豊かにしようと努めてきた。その可視化されたものがこのブログで、しかし、それ以前から内面的に納得がいく言葉を探し続けてきた。その後悔は、良い後悔の方向性だった、そう思いたい。

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