結局は、ただの暇潰しや穀潰し以外の何者でもない。
暇潰しというより、真剣に観てたり聴いたりしているんだが、人生で消費しきれないほどの文化に埋もれている。いくら引きこもってもチェックできない程の何十倍も量ある。潜在的には、またその何十倍もポテンシャルがある。分かりやすい例を一つ挙げると、YouTubeでは、CD化されていないような、買えば目玉が飛び出る程の価格のレア音源をエンコしてアップロードしているユーザーさんたちが、世界各国にいる。そういう意味で、消費しきれない程の高度の文化的生活を豊かに送ることが可能な世の中だ。その是非は、ここでは問題にしていない。少なくとも、貧乏人でコネもない人間が、受け手として豊かな文化的生活を送ることが可能な時代を生きている。しかし、大半の人間は目もくれない世界だから、企業の経済活動にダメージを与える程の影響力はないだろう。元々買ったり消費競争社会に参加することのない人たちが、私たちなんだし。とにかく、受け手として消化出来ない程のリソースを抱えている。しかし、私のような人間では、逆転劇のように発信側に回ることもない。私の中で、その豊かな文化とやらが存在しているのかも疑わしくなって来た。ただの暇潰し以外の何者でもない。アウトプットするスキルはどうしたら身に付くのか? 誰も教えてはくれない世の中は、変わりようが無いからだ。それに絶望して、もっと引きこもることにする。そのいつの時代も変わる事の無い事実に抗議するために、もっと無職で居続けることにする。