坊主頭で、マジックテープの靴を履いている。
春の空気を感じる。今や、日が落ちた後。昼間に感じたのは今日が初めてだが。海外ドラマが好きだ。国内ドラマは観る気になれないが。反抗挑戦障害という言葉を最近知った。私の人物像はこの学術概念に見事に当てはまる。しかし、都市生活者であれば、こういった傾向が強くもあろう。両者の違いは、私の社会生活が壊れている一点に尽きる。私は勉強ができない。このような田舎に住む誰もが勉強が出来るタイプに、環境的に成り得ない。カイル XYの日本放送版シーズン3を数日に分けて一気に観た。本国のシーズン2を日本では、シーズン2と3へと独自に分けている。母親を二人持つ、同性愛者の家庭の子供が登場する。ヒッピーの娘のような有機的なファッションをしている。私は、坊主頭で、マジックテープの靴を履いている。こういった人物は、海外ドラマだと知的障害者のファッションだということになる。仕事が欲しい。定職が欲しい。会社に寄生して生きていくしかない。誰もが、仕事を持って、自信を付けて生きているように思える。無能な新人をあざ笑い、自分はどこの馬の骨か分からないような阿呆と違って、仕事が出来る人間だと、自慢話ばかり聞く。ソースはネットラジオとかなんだが。とにかく、私は他人の成功や利益に過敏な性質がある。とにかく、これまでの人生ハズレくじばかり引いてきたのだから、どこかで補償されるべきだ、との思いが拭えない側面もある。一方で私の良い面としては、失敗しようが成功しようが、どちらに転ぼうとも気にしない、大事なのはより良く準備して技術や教養を培ったことにある。そう思っている所は私は自分の長所だと思っているが、世の中常に競争に晒されているのは確かで、そうマイペーズは保てない。そして、低学歴なのに、反抗挑戦障害という言葉を知っていることなんか、何の自信にもならない。努力する場が奪われていて、自信もないし、自己評価も低い。人生何のチャンスもない。生きていたくない。どちらにしろ、浦島太郎的に時間だけが経過して行く。正直、どんな人生も選べない。何もかもが、面倒だ。