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無職日記と、好きな映像作品と観るのが無駄な映像作品とについて。

仕事を持ちながら、家に居ることのできる時間を有用に使うことが下手な性格というのは、世の中の誰もがそうだろう。とにかく、掃除をし、不要な持ち物を処分することで、人生に対する集中力を確保する人生方針を採用し、このことだけに今年中はフォーカスすることを決意する。

不要な持ち物の処分整理を極限まで徹底し終わったら、仕事を探すことにする。働きながら知識を積み重ねるのが人よりも劣るシングルタスク脳の持ち主なんで、まずは環境を整えることを最優先させる以外に無い。働きながら、人生はもう終わったんだと、家での時間は酒でも飲んでやり過ごそうと思う。

人生をやり過ごす為の酒やタバコの金を稼ぐ為には、仕事をしなければならない。タバコを習慣的に吸っていると、ある一本の紙巻タバコに火をつける瞬間に紙幣に火をつけている、過去には有り得ない体験の既視感に襲われることがある。それは比喩的に紙幣に火をつけているのと同じことだからだろう。

大量に私無職は映画や海外ドラマやアニメを消費するのだが、消費が早いものと消費がなかなか進まないものと、二種類の映像作品が存在する。貪るように話数を追っていけるものがあるし、これは観づらいなと精神的に話数を進めるのに精神的付加が掛かるものもある。後者にも二種類存在するし、もちろん同じく前者にも二種類のタイプがある。

前者の二種類は、楽しい時間が過ごせるが時間の無駄でしかないものと、どこから湧いてくるのか不思議な無制限の集中力が保てるし得るものが大きいものとがある。後者の二種類は、ただの食わず嫌いと無意味な先入観から精神的抵抗を発生させるが、実は人生を豊かに変えてくれる作品、もう一種は、完全な時間の無駄と以外言いようの無い、具体的には最近覚えている限りでは私にとっては、アニメ『忘年のザムド』のようなセリフの一言一言が、無意味かつ蛇足に感じる言葉しか使われていない作品で、あろう。

とにかく、私は意味のある映像作品が好きなんだろう。基本的に言葉も趣味性もその作品に存在しなくていい。人生の歴史も感じさせなくてもいい、それはどちらでもいい。ただ、セリフの一言一言に意味が感じられる作品が好きだ。意味というのとは違う。必要性が感じられるセリフでないと、納得できない。言い換えれば、何気ない日常会話が後で伏線だったと、知ることのできる作品が好きで、何気ない日常会話が物語の終わりにはより多くの張り巡らされた伏線として、最終的に帰結していくような必要性の感じられる言語が好きだ。

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