人生が、面倒だ。
延々と遅延された自殺者としては、もう充分人生を生きたのではなかろうか? もう充分だろう。だからといって、自殺したいわけでもないが。生きていくのが面倒だから、自ら死を選んだ特定の人間も人類史上に存在しなかっただろうし。
面倒でならない。人生はリスタートすることが出来ないものだ。気づいたらいつもスタート地点と目測可能なゴール地点の中間を走っているもので、いつのまにか足かせか無駄な荷物を背負っているものでしかない。具体的な無駄で中途半端な荷物が多すぎる。
それに目をつぶって、有用な人生の事務手続きに集中すべきなのか? 働かなければ、貨幣的に人生を生きていけない。社会的に人生を生きていけない。在住国が発行したグローバルに通用する券に何の意味があるというのだ?
オンラインゲームのゲームバランス的に毎月を生き延びる為の配給チケット獲得の為に働くというよりも、学校に通よった延長線上で誰もが働いているのだろう。学校という大きな単位でなくても、部活動の延長上と言い換えてもいい。
とにかく、外出すると無駄に体力と集中力を浪費してしまっていて、肝心の生活の基盤を形成するための、掃除に全く今日は手をつけられなかった。何も片付かない。人生をもう一度清算して、リスタートを切る準備が全く整う気配が感じられない。