残念な人生。
今週にはハローワークに行ってみようと思っていたのだが、明日も明後日も雨のようで、来週の平日も雨のようだ。生活を通常モードのレベルまで引き上げるのに、実はまだまだ準備が不足しているとも思っているが、要所要所だけでも、少しずつ修復して行くしかない。だが、まだ、破れていない下着を揃える、や腕時計や置時計を買う、通勤手段としての自転車を直す、など基本的なことの下準備が全く未だできていない。
ハローワークの仕事検索でどんな求人があるか調べたが、普通自動車免許が必要な職業が多い。学歴不問、資格不要、年齢制限が緩やか、未経験でも可な所もある程度の数はあることはある。トライアル雇用となっているところが大半で、他も契約社員からとかだったと思うが。
とにかく、自殺防止の為や、一家無理心中を避ける為に今すぐにでも働いた方が良いのだが、結局は何かしらの準備が念入りに必要なのは確かな世の中で、ニートは仕事を選ぶなという罵倒の向きの人種は、無責任極まりなく何を考えているのかも分からない。
もしかしたら、もしかしたらだけど、私が引きこもって低学歴で資金力もないながらもパソコンを弄っていた8年間が、何らかの仕事に就く為の役に立つかもしれない。タイピングも未だ人差し指二本状態だし、使えない人材なのは確かだが、パソコンに対する意欲を掬い上げてくれる会社もあるかもしれないし、そういった他人頼みな方向ではなく、パソコンに24時間向かうのは少しも苦にはならないという自分側から職探しに有利になる面もあるはずだ。
向こうが受け入れてくれないことには無駄な超長期引きこもりスキルだが、だが視点を変えれば、立てる場所に立てないか立てるかの違いは、無視できないものがあるし、無視できないということは何かがそこに存在するということだ。少なくとも、面接を希望する職種の面接を希望する程度の違いしかないが、その差は大きいものだと思いたい。
言いたいことが伝わっているのか怪しい込み入った道筋の文章を書いているような気がするが、とにかく、受け入れられるかどうかは別問題として、その場所に立てるか立てないか、という問題を論じているだけだ。
とにかく、勉強がしたいし、かつお金も欲しい、下働き的な作業も今まで働いた所はライン作業や周辺の単純作業ばかり選んで働いてきたので苦にはならない、だが製造業だけは嫌だ。そんな感じで今のところは妄想している。
私がもっと知能が高くて、プリンターをサクッと買って、サクッと履歴書なんか作成できるような人間だったら、こんなに基本的な生きること自体に苦労しなくて済んだのだが、という怒りや恨みのようなものしか私の人生にはもう残されていない。
今思えば、働く意欲があった時期に、働く意欲ではなく、自分の価値を高めてくれる仕事を探す意欲に転換できれば良かったのだが、その時はそんな考えには至らずで残念な人生だ。