俺の100冊
体調が最悪だ。文章を書ける状態にない。まあ、とにかく、書く。私が本を読んでいた時期は、15年以上前のことで、蔵書も窓から投げ捨てるような形で早々処分してしまった為、自分の読書遍歴を知りようもない。
横尾忠則が書いた70年代の偉大なエッセイ及び90年代の偉大なエッセイをおすすめ読書リストに加えたい欲求が抑えられないが、内容もタイトルも思い出せない。ググれば、タイトルを知ることは簡単なのだが、内容を全く覚えていない。この内容を全く覚えていないイコール読む価値のない内容の薄い本ではなく、自分の内面に溶け込んで、消化され尽して、スープ状の知識に成り代わっているから判別が難しいという側の分類の読書だ。
他にも、岡本太郎のエッセイ本もこよなく愛していた。同じくタイトルも内容も憶えていない。栗本慎一郎の『パンツをはいたサル』シリーズも愛読していた。むさぼるように繰り返し読んだ。同じく全く内容を覚えていない。そういった、物書きの本はリストから泣く泣く省くことにする。タイトルも装丁も内容も馴染みが深い本だけ挙げることにする。
私が何かのライターだったら、本も読むだろうし、蔵書もこれからリスタートさせたいのだが、今の興味としては、プログラミング系の入門書やパソコンソフトの使い方入門編を、お金があれば揃えたい。文学に割くリソースを全く備えていない。
今はインターネットの時代だ。私の読書全盛期に、インターネットがあれば、もっと豊かな読書人生があったのかもしれない。本を買うのに最高の環境が、今は揃っている。しかし、文学系の本を読んでいる時間も意味も、今は持ち合わせていない。
この辺の恨みに似た愚痴は尽きないので、このエントリーは追記しまくる予定。取り合えずアップしておこう。リストも100冊も思い出せるまでに、時間が掛かるだろう。随時追加していく。(順不同)
- 『俺たちはノイズだ』栗本慎一郎×糸井重里
- 『反少女』栗本慎一郎
- 『物語批判序説』蓮實重彦
- 『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』蓮實重彦
- 『オペラ・オペラシオネル』蓮實重彦
- 『さようなら、ギャングたち』高橋源一郎
- 『ペンギン村に陽は落ちて』高橋源一郎
- 『優雅で感傷的な日本野球』高橋源一郎
- 『文学がこんなにわかっていいかしら』高橋源一郎
- 『文学じゃないかもしれない症候群』高橋源一郎
- 『孤独の発明』ポール・オースター
- 『幽霊たち』ポール・オースター
- 『三人関係』多和田葉子
- 『ゴドーを待ちながら』サミュエル・ベケット
- 『ゴドーは待たれながら』いとうせいこう
- 『筒井康隆の文藝時評』筒井康隆
- 『文学部唯野教授』筒井康隆
- 『優しいサヨクのための嬉遊曲』島田雅彦
- 『亡命旅行者は叫び呟く』島田雅彦
- 『天国が降ってくる』島田雅彦
- 『未確認尾行物体』島田雅彦
- 『夢使い レンタルチャイルドの新二都物語』島田雅彦
- 『ロココ町』島田雅彦
- 『預言者の名前』島田雅彦
- 『彼岸先生』島田雅彦
- 『アメリカの夜』阿部和重
- 『インディヴィジュアル・プロジェクション』阿部和重
- 『斜陽』太宰治
- 『世間知ラズ』谷川俊太郎
- 『女に』谷川俊太郎×佐野洋子
- 『17歳のヒット・パレード(B面)』伊藤たかみ
- 『高円寺純情商店街』ねじめ正一
- 『これは餡パンではない』三浦俊彦
- 『この部屋に友だちはいますか?』三浦俊彦
- 『1999年』高橋克彦対談集
- 『完全失踪マニュアル』樫村政則
- 『浴室』ジャン=フィリップ・トゥーサン
- 『ムッシュー』ジャン=フィリップ・トゥーサン
- 『カメラ』ジャン=フィリップ・トゥーサン
鴻上尚史、ビートたけし、遠藤周作、天野祐吉、橋本治、中島らも、いとうせいこう、布施英利、杉浦日向子、寺山修司、高橋克彦、松浦理英子、原田宗典、藤沢周、景山民夫、小林恭二、清水アリカ、田中小実昌、青野聰、笙野頼子、吉本ばなな、中沢新一、赤瀬川原平、尾辻克彦、養老孟司などなど昔お気に入りだった作家やエッセイストはいろいろいるのだが、なんだかピンとピントが来ないので、リスト入りはしないだろう。
このリストとにらめっこしながら、100冊になるまで何とか頑張ろうと思う。100冊は無理そうだな。私が装丁は憶えている印象深い本でも、検索しても著者の著作リストから外れているらしきマイナーな著作も多そうだ。
やはり、精神的に辛い作業なので、この辺で終わりということにさせて頂きたい。15年ほど、もしくはそれ以上前に読書を習慣としていたし、もうその時間ばかり食う割りに見返りの少ない悪習は捨て去ったので、過去の底深い闇を覗き込むようで正直辛い。もっと時間を掛ければ、もっと出てくるはずだが……。
まとめると、精神的及び生活に余裕がある者がするものだ、読書は。私もいつかそういう人間になりたい。