全ての物語がストックホルム症候群にしか見えない病。
頭が働かない。ひきこもりでもお金を稼ぐ唯一の手段が奪われて、生きる力が湧かない。とにかく、もう文章を書く気力もない。疲れた、というより力が入らない。あんなに観ていた、アニメも海外ドラマも映画も、観る頻度が大幅に減った。
海外ドラマは面白い。とりあえず誰でもいいから女性とお付き合いしたい欲望は今もあるにはあるが、ロー&オーダーやクリミナルマインド系の性犯罪捜査の刑事ドラマばかり観ていると、そんな思い込みから解放される気分に陥る。異常犯罪者を称えようという気分に浸る訳ではない。
ミイラ取りがミイラになる、そんな諺が当て嵌まる。異常犯罪者は上位捕食者を気取っていて、社会が俺の狩場で社会が俺の獲物で餌食、だと頭の針が振り切った人種だ。その上位捕食者を気取っているのが、政府に公認された高等教育を受けたハンターたちだ。そういった、ミイラ取りがミイラになる内的葛藤を頭の良い者なら、自分の選んだ職業に対して悩まない訳がない、内的葛藤が芽生えない訳がない。
対して、異常犯罪者は、社会の弱者であることが多い。高等教育を受けられなかった頭の良い人物が、社会に対して恨みを持つ、という構図が大半だ。
何か書くのが面倒になってきたが、ボトムラインとして、対人関係は複雑なものがある。ましてや、それを職業とするなら、相手に及ぼす影響の反作用が自分の身に降りかかってくる時も場合によってあるだろう。むろん、個人として働いている訳ではなく、政府の捜査官として働いている訳であるから、個人対個人の図式ではなく、個人対政府の関係であるのが大前提だ。だが、そこに、個人対個人の図式が割り込む余地や隙もあろう。
とにかく、私が最近海外ドラマを観て思うのは、ストックホルム症候群的人間関係が多いと思わされることばかりだ。今を生きるなどの映画は、この型破りな教師は、他人の善意を必要以上に煽り、自分に絶対的信頼を寄せさせるように仕向けるのが、巧妙な人物にしか見れない。少女漫画も同じく、限られた世界で、世界の全てが敵で、その限られた世界の中から、唯一信頼の置けそうな人物にデスパレートに好意を寄せる話にしか見えない。