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シュガーレス・エンターテイメント

最近の映画やアニメがつまらなく感じる理由は、時代の変化により、主人公を周りから見守る脇役が不必要に美化したり、その脇役が間接的に第三者や視聴者に武勇伝を語ってみせるモノローグや噂話を切り捨てているからだ。

従来の作品では常套手段として、何のためらいもなく用いられていた、空気のような手法だが、現在では、そういった一極に権力が集中する映像手法が、綺麗さっぱり、取り除かれていて、画面に映る登場人物すべてが、主人公のような扱いを受けているし、視聴者に感情移入する選択権を与えている。

権力一極集中型の主人公礼賛型から、そんな従来の視聴者が変に主人公に肩入れして映画館を出た直後の俺ってスーパーヒーローかも?と力が漲る万能感の楽しみを奪った、権力分散型の物語が構築されている。

前述した鑑賞後の万能感は、例えば、DEXTERを観た直後にも襲うかもしれない。だが、現在の作品であるDEXTERは、世を忍ぶ仮の姿で慎ましく生きているし、その仮の姿ながらも良い友人の存在に精神的に助けられて支えられて生きている。

とにかく、最近の作品は決して、糞の役にも立たない内面などとは、決して向き合わない。個人の内面より人間関係を重視している作品作りをしている。それの禁忌事項によって、作品が濃いものとはならずに、薄いものと化しているのは間違いが無い。健康を考えた、シュガーレスケーキのようなエンターテイメントばかりが量産されている結果となっている。

たまには、シュガーレスケーキを数個食べてなんとなくやり過ごすよりも、ガツンと来るドルチェを一個だけ食べたい。レトリックを例え話で返す失礼を詫びながら書くが、例えば、前者が、ニルバーナのメジャーデビューアルバムとするなら、後者が2ndアルバムだ。1stはプロデュース面で作られた音質が、変に高音を重視して低音を軽視した録音やサウンド・プロデュースがなされていて、これこそが、本質を台無しにして数を売る手法だ。

ありがちな悩みを抱えた子供向けの思春期ものは別として、現在は悩みの消えた世界だ。少なくとも、深刻な悩みは目に見えないところへと追いやられている。悩みの居場所が社会的に許容されない時代の到来だ。すべての人間の悩みがすべて消えたストレスフリーの時代にようこそ!

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