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無職無収入だしこの年齢なので、死ぬのがベストソリューションだとしか思えない。

無職無収入だしこの年齢なので、死ぬのがベストソリューションだとしか思えない。しかし、過去ログでスキンヘッドにした話を書いているが、死ぬために長時間生々しい肉体の処分に向き合う精神力を持ち合わせていないし、だから、死について考えるような人間でもないが、無職無収入だしもう少し年齢がこのまま過ぎれば、死ねば全て解決すると脳内で浮かんでくるすべての悩みの結論をつける。様々な悩みを抱えているが、死ねば全て解決する。悩みが浮かんできて作業の集中力が奪われたら、そう解決法として結んで、利き手人差し指で頚動脈を斜め上から下へ、掻き切る。その利き手人差し指と首筋に残る感触が儚く感じることができる。首筋というのは無防備な器官だ。しかも、軟らかい。

首筋の柔らかさと、首筋を硬い指で強めにゆっくり掻き切るシミュレーションを実行する、その両方の感触。どうにも集中力がたもてなくなったら、この小儀式を最近好んでやっている気がする。海外ドラマの天才数学者の事件ファイルで、兄と弟が首を一掻きされた殺人事件の検死解剖結果を検死台で検死医から聞く回、何話か忘れたが、傭兵の仕業だと判断するシーンが印象に残っているのと、同じく何話か忘れたが、ロー&オーダーの中年女性レストラン経営者が、警察の疑いが迫ってきて、言い逃れ出来ないと悟り、自分のレストランの食事中の客のテーブルからナイフを奪い、ナイフを刑事に向かって振り上げているかと思いきや、両手で逆さに持った食事用ナイフを大きく振りかぶって、そのまま太腿の内側に向かって振り下ろすシーンが大きく印象に残っていて、私は男性だから、大動脈を狙って死ぬにしても、内股は狙えないから、前者と複合して印象のカテゴリに仕舞われている。

とにかく、このままどうにもならなくなったら私なんか死ねばいいと思う。特に、誰とも深くも浅くも話した記憶がないし、誰も悲しまないだろう。両親家族が悲しんだにしろ、特に話した記憶もないし実質は私のことは何も知らないだろう。人に悲しんでもらおうとは思っていない。死が自己表現の手段だと思っていて、人にメッセージを送る死に方について考えているだけだ。下層階級の人間の自己表現手段は自殺しかないのだろうと思ったら自虐的に笑えて来る。

体力が有り余っている。しかし、自由が無い。自由というより、選択肢が無い。誰にも選択肢が与えられている階級なんてないのだろうが、下層階級の下流の人間になんか、何の人的資質もない。つまりは、私に何の価値も無い。もし、私が自分の身分以上のものを手に入れたとして、con artistだとしか自己評価できない。ただのラッキーだとも言えるが、人生において起こり得るささやかな運、私の人生においてのささやかな見返りを、ラックを受け取る受け皿も無い心の狭い人間だ、私は。

私の命は安価だが確実に金で解決するし、私に何らかの西欧文化的に価値のある学問や芸術や職人的スキルを習得していれば死ななくて済む。明らかに。

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