自信について
ある日を境にブログを書くよりも、特定のオンラインゲーム内だけでもビリオネアに成ろうと、全ての体力気力時間を入れ込んでいるが、そんな目標は到底成し得そうもない。とにかく、その夢だけを頼りの一年半、ブログそっちのけで熱を入れていたが、今は熱が冷め切っている。ゲームに対する熱が冷めてようと、毎月利用料を払い込んでいるので、ゲームのプレイ時間はブログそっちのけで割く。
海外ドラマを観てもいる。アニメを観てもいる。ゲームが飽きてきたら、映像を観る時間に充てている。ネトゲを初体験する一年半前は、アニメをメインで観て、映画を観て、次にブログを書いていた。映画が実はメインなんだが、そうそう一日何本も観れるものではないので、アニメを映像作品に慣れる練習台と見做していたし、そんな扱いで量を観た。私のひきこもりの時間の使い方は、そう単純なものではないが、つまりは、そういった生活習慣をひきこもりの完成形態と考えていた。
話が自分が書こうとしていたことと方向が行き違ってきているが、今の流れに任せると、下層階級に位置する生活者の子供であった私は、満たされないものを常に抱えて来たし、その満たされなさ故に、自分に自信も持てなかった。まあ、それも自分の成長過程の心の側面では、間違いない。それもあったが、常に精神的に搾取されているとも思い込んでいた。そこには、思い込みで他人を受け入れなかった事実も、思い込みでは済まない/済ませられない事実も、その両者が混在していた/現在もしている事実もあろう。
とにかく、私がこの流れのなかで、言おうとしている私の意見は、私が自信を変につけてもソシオパスでしかないのかもしれない。私に自信がついても、一円の価値もない。うんこみたいな自信に纏わる妄想はドブに早いとこ捨て去りたい。逆に言えば、お金を持っていれば自身の自信にはなろう。私のようなお金の稼げない低知能の人物は、下らない妄断は捨て去り、自信などという呪文から早いところ解放されたい。