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人間の営み

LOST Season4 第09話をとりあえず観た。まだ内容は分かっていないが、後数日すれば内容を正確に近く知ることが出来る。LOSTだけが今の生きがいだ。DEXTERも生きがいだが、新シーズンが始まるのは、アメリカの新生活がスタートする時期である秋からだ。日本でいう春の新生活シーズンからの新番組スタートシーズン。

LOSTとDEXTERと同時代を生きる喜びみたいな連帯感を勝手に感じている一海外視聴者だが、日本人にとってはこの2作品は限りなく何の意味もない芸術作品だろう。とはいっても、アメリカ以外の国、フランスやイギリスにとっても限りなくこの作品たちの与える影響は、同じく限りなく何の意味もないだろう。

私にとっては、この2作品はとても重要な意味を持っている。だが、この2作品に同時代性を強く感じて、なんらかの繋がりを感じ取っていても、そう感じれば感じるほど、日本社会との何の繋がりも感じられなくなる。疎外感を反対に強くする。LOSTとDEXTERとに深い共感を覚えれば覚えるほど、日本社会との疎外感を強く覚える。

たかが娯楽番組に大げさな、とこの文章を読んだ読者は思われるかもしれない。しかし、消費者とは社会と繋がる者だ。何らかを消費していれば、同時に社会と繋がっているということだ。私はその繋がりを感じられない、という意図からこの文章を書いている。他人が何を買おうと構わない。娯楽は至る所にある。知らずに娯楽に金を払っている局面もあろう。消費者イコール金を払う、という意味ではない側面もあるが、人とは娯楽に金を落とす生物だ。消費活動こそ人間の営みだ。

その人間の営みが、私には希薄だ。LOSTとDEXTERしか、買いたくない。知らず知らずの内に、私以外の市民は、地域に金を落とし、地域の富の分配を得る、そんなサイクルの内にいるから、中産階級的生活が営めている。様々な事情から、その地域のサイクルから脱落していく貧者の存在は決して省みられることがない。普通に働いていれば、日本人なら誰でも中産階級になれるだろう?ニートひきこもりは、怠けてないで働け!その論調では、人間の経済活動を語ることが出来ない。

数字で換算できない豊かさ、数字に換算できない恩恵を受けている身分。それは、ニートひきこもりのことだと一般的に言われている。しかし、私はその恩恵を受け取っていない側の身分だ。

長々書こうと思ったが、思考が散漫な状態で文章を書いているので、この辺で切り上げたい。とにかく、日本と何の繋がりも感じられない。とはいっても、インターネットに金を払っているし、パソコンにも金を使っている。モニターにも金を払っているし、ウインドウズ日本語版にも金を払っている。だが、私は、このブログ記事では、そんなことは言っていない。除外している。最低限の人間の営みについてのお金の流れ、については除外している。

お金を払わずに社会の営みに参加することもできる。だが、人がボランティア等問わず労力を払えば、何らかの利益がついてまわる。労力を払った当人が何らかの利益を受け取る分には構わないが、この場合参加というからには組織に参加するということであって、労力を払った当人が知らぬ間に、第三者が利益を受け取る結果ともなりうる。だから組織は嫌いだ、とは言っても、2人以上で活動する場合、それえは何らかの組織であるのだ。

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