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You can't beat me.

過去に文章を書いたのか書かなかったのか私には自分のブログを評価できないが、最近は文章を書きたいのだが書けない。生き続けていると人生が細分化されていくものだ。ここには書けないことも多いし、ここでしか私は自分の意見を言う場所がないし、このブログこそが私の声代わりで、生まれてこの方ここでしか声を出した経験がない。このブログこそが、私の人生の声の全てだ。

しかし、書けないことも多い。書けることも等しく多い。とにかく、脳内では言葉が渦巻いているのだが、まあ、どうでもいい。

映画『マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋』を観た。この鑑賞感想を書こうと思えば長々書けるのだが、素晴らしい映画だと私が思っているように勘違いさせるような書き方も出来るだろうが、ダスティン・ホフマンの出演作でいい映画と思ったことが一度もない。『卒業』から、このにやけた面と演技の役者は何なんだ?と思っていて、ダスティン・ホフマンは大根役者としか思えない。そしてこの映画も糞だ。

映画『ダーウィン・アワード』と『幻影師 アイゼンハイム』も観た。この2作品こそが、私にとって映画だ。連続する映像を観ていて、最初から最後まで目を離すことの出来ない何か、精神的に得られるものがある。静かで気品に溢れている。混濁した思考が整頓されて行く効能がある。2作品は、少し気質が違った映画だが。前者は理論派、後者は情緒派と言ったところ。

『幻影師 アイゼンハイム』についていろいろ書きたいのだが、どうにも気が乗らない。ブログを書いて何の意味があるんだ?仕事を持っていないから、私は生活できない。経済的に自立する前に、経済的に破綻している。私が、ブログを書いて何の意味があるんだ?私以外の人間のブログに意味はあるのだろうが、私のブログに何の意味が残されていると言うのだ?

私みたいな人間は、美しさについて語るよりも、私みたいな人間は、「ダスティン・ホフマンは大根役者だ。彼の演技は生ゴミだ。」と、貶してだけいればいい。美しいもののそばより、生ゴミのそばこそが、私にふさわしい。

映画『ダーウィン・アワード』。英語字幕を観れる環境だと話が簡単なのだけど、私のヒアリングでは、「You can't beat me.」と言っているように思う。

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