Pushing Daisies
前回の記事でリンクしたのでURI等の紹介は省くとして、とにかくPushing Daisiesはいいドラマだ。プッシング・デイジーズ。まだ私はSeason1 第03話までしか観ていないが。
一つ難を言えば、アメリの冒頭にある時間の正確さを異様に伝える様は感銘を受けたが、このドラマ前面に打ち出される時間の正確さや数字には何ら意味のないものにしか思えず残念だ。
とにかく、この時間の正確さを伝える手法からと映像全編から受ける印象どれも映画アメリと海外ドラマPushing Daisiesは酷似している。とは言え、別に盗作に近いといっている訳ではない。
例えば、HUNTER×HUNTERはドラゴンボールそのものの絵が続いている回もあるが、過去の同ジャンルの作品の歴史を学んでいる感があっていい。過去に学び作品世界の表面を借りることでありえなかった過去の続きを描く手法と言えるだろうか。
すなわち過去の歴史を読み込む作り手ということだろう。過去の傑作をリスペクトしつつ自分の欲望をそこに反映する。舞台を借りつつ中身に自分の個性を反映させる。言わば、表現しきれないもの未だ形式が与えられていないものに対して、過去の傑作の枠組みを借りて形を与える創作技術だ。
Pushing Daisiesとアメリの間に違いがあるとするなら、アメリカ映画の歴史とフランス映画の歴史の違いによるものだ。アメリはフランス映画の歴史や培われた映画技術のカタログのような映画だ。対して、Pushing Daisiesはハリウッドの歴史や映画技術の宝石箱やのような映画である。
ただのアメリの猿真似やパクリのような目でも観れるが、Pushing Daisiesは意欲的で野心的なエンターテイメント作品の側にいる方に私は賭けたい。Pushing Daisiesはエンターテイメントの未来を占う作品だ。エンターテイメントの未来を模索するABC社の野心の証明だと思いたい。アメリの枠組みを安易に流用した手抜き作品だとは思いたくない。
でも、このドラマの視聴者層はどんな人たちなのだろうか?どんな人たちが好んで観るのだろうか?マッチョな生き方を嫌い繊細さを好む人たちに違いないと私は睨んでいる。ABC社のドラマに私は期待したい。