埋まらない心の隙間
DEXTERもPrison Breakもそうだが、最近の流行というか時流は内向的で知的な青年が主役のドラマが多い。まるでモノローグであるかのように他人と会話するスタイルのドラマ。ジャーニーマンもそうだろう。
とにかく、なんていうか、外国作品の吹き替え版に私は憎しみを覚えるから、アニメは基本的に好きではない。というより、この話の流れとしては、間違った作品を例に挙げてしまった。別の話をしようとしていたのだが、気が変わったのだ。デクスターもマイケル・スコフィールドもジャーニーマンもぼそぼそしゃべるタイプだがどちらかといえば、野太い声の喋り方だ。
準備不足でスポーツ選手でしか今は例を挙げることができないが、例えばベッカムのような外見と声とギャップがある人物が海外ドラマの主役には多い。繊細で甲高い声。それが、日本人によって野太い声に吹き替えられる。これには耐えられない。声質は似た配役がされているように感じる。
しかし、元の役者はきれいな英語を発音しようとしている、言わば、文学的に言葉を大切に声で伝えようとしている。吹き替え版は感情的に言葉を発声法によって演劇的にセリフが吹き替えられる。文学と演劇の違いというものだろうか。文学作品が演劇の観点からマッチョに作品を捻じ曲げている圧力が吹き替え版によってなされている。
どうでもいいことを書いてしまったが、とにかく、吹き替え版の存在は憎く感じる。ひいては、アニメ声優にも怒りの矛先を向けてしまいそうになる。アニメとは何なんだろうか。アニメの存在意義というものはどこにあるのだろうか。アニメもオリジナル作品でなければ、前述したマッチョな侵略者だ。
そんなことはどうでもいいが、みなみけに萌えたが、一気にもやしもんやげんしけん2を観始めて、みなみけよりこちらの方が生産的で面白い物語だと思った。みなみけ内で生産的な人物は作者一人ではなかろうかと思った。
とにかく、みなみけでももやしもんでも埋まらない心の隙間をDEXTERやLOSTがフルにカヴァーしてくれる。