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ひきこもりとデビュー

長々と書いてもしようがない。アクセス数なんて全く無いブログだから、労力の割りに合わない。という徹底的に突き詰められた無力感も今まさに味わいつくしているし、それに、熱中症寸前の住環境で私が出来ることにも限界がある。

「ひきこもりとデビュー」という切り口ではてな界隈などでよく馬鹿にされている傾向があるような気がしてならない。それも、そもそもデビューが何なのか知らないで書いているような連中ばかりが。

100歩譲って、10代ではそんなひきこもりを見下した揶揄はまあまあ通用するかもしれない。だがそれは確実にひきこもりという弱者当人の罪悪感につけこんでいる詐欺師の言説だ。20代ひきこもりはそうは簡単には騙せない。

20代は知的に人生でピークだと言われている。それを生かす機会が与えられている者いない者のギャップは社会的に相当辛いものがある。20代はそれと同等であるがゆえに、精神病のピークでもある。

職業を持つことを拒絶している者は精神病だと言っているのではない。社会的な行動を取れない当人の労力が社会的に機能していないと言うより、様々な要因が複合してハードワーキングな努力をしているにもかかわらず社会から消極的に外れてしまった者は、酷い災厄が一身に磁力でもあるかのように標的を迷わずめがけて降りかかってくると言うことだ。

デビューにもいろいろある。若い娘がデビューしている裏にこれを裏で支えているブレインや資金提供者のおっさんが複数いる場合もある。実際は中の人のデビューであるのだ。実質、地味で退屈な仕事をしてきてやっと自分で自由裁量が与えられている華やかな仕事が出来るようになった中のおっさんのデビューだ。援助交際の世界にしろエンターテーメント業界やサービス業その他にしろだ。

こういう路線もある。やっとの思いで自分の殻を破り誰かがデビューしてきた階層は、その階層を同じくした誰かは自分の殻を破れず未デビューの状態だ。そもそもそんな経緯もあり、デビューにはきりが無い。

現在オンラインゲームに嵌ってプレイしている身として言えることもある。狩場というものがある。自分のキャラの身の丈に合った狩場というものがある。狩場のレベルを下げれば消耗剤を大量に使って懐を全く痛めないで済むし、敵モンスターも紙のように飛んでいくので敵を大量にこなせレアも多く手に入る。

それになによりも、高レベルダンジョンでそれをやってのけているプレイヤーも少なからずというよりも数多く見かける。それがなしえるのは、時間をゲームに気が遠くなるほど費やしているか、もしくは、ゲーム内マネーを大量にあらかじめ消費して高価な装備を全身揃えて私の目の前に現れているのだろう。話をまとめると、それらは資金とコネと時間の上に成り立ち、それらに私は大敗を喫している。

これは人生の上でも全く代わらない。人間は一人で生まれてくるのではない。ニュースで二世議員などよく聞く言葉だが、詰まる所二世どころの話ではなく代々家を継いできた結果が二世議員であろう。それとは逆に、家が先祖代々資産が膨れ上がり栄える話とは逆に、家が衰えていく話はなぜ誰もしないのか。ひきこもりやニートは社会が栄える裏で衰弱していく経路だ。

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