私たちはジャズを得た
- John Coltrane - My Favourite Things (Germany 1961)
- Thelonious Monk - Round About Midnight (1963)
- Horace Silver - Song For My Father (1968)
- Cannonball Adderley - Jive Samba (1962)
- Benny Golson Quintet - Whisper Not
ジャズが弾けるようになりたい。そう考えてばかりいるが、とにかくも、お試しでとにもかくにも闇雲に始めてみるにしても、楽器は日本人には高価なものだ。「私たちはジャズを得た」アフリカ系アメリカ人の低所得者層がジャズミュージシャンの職業をこぞって選んだ時代にしろ、楽器という物資には戦後の軍隊からの払い下げ品など事を欠くことがなかったのだろう。その他様々な要因から、余剰の物資を低所得者層が得て自由を奏で始める。日本人の低所得者層には、「私たちはジャズを得た」ような知識の共有も余剰物資も回ってこない。日本人低所得者層には、孤立の役割しか回ってこない。余剰物資で自由を謳歌できない。孤立しか謳歌できない。
ジャズが弾けるようになりたい。そう考えてばかりいるが、楽器も知識も高価なものだ。私たちはジャズすら得られない。ジャズを受け入れる内的受け皿もない。即ち、私たちには文化が無い。文化が無いながらも、戦中戦後から80年代までの西欧列強の帝国主義に一矢程度は報いた実績は、精神論と揶揄されがちな日本人の特性のせいだ。形の無い文化を日本人は持っている。人工的なありとあらゆるラスベガス的な日本全土。都市部郊外住宅地工業地帯田園それら全てが人工製で、自然な社会という成り立ちが可視可能な部分が全く存在しない。