ニートは消費する為に存在する社会要員である。
なんか、ひとりごとでついつい『死にたい』と言ってしまっていることが多い。誰が聞いているというのでもないし、まあ、でもここで書いてしまったからには私以外の誰かも聞いてしまっていることにはなるが、隣の家や隣の部屋から『死にたい』と何時間か毎にリピートしてしつこく呟く声が毎回ならずともたまたま耳にした場合、どんな感想を持つのだろう?どちらにしろ、私が『死にたい』と呟くのは金銭的な問題からだ。金銭的に余裕があれば、自由に生きて行くのだが、金銭的な余裕の無い今は、どうもしようもない。
どちらにしろ金銭でカヴァーできない問題は無い。社会性のなさだって豊富な資金源があれば、たやすく回避できる。誰も現実世界では大の大人に『社会性を身につけろ!』などと迂闊な発言はしないものだ。赤の他人で自分の部下以外の人物に『社会性を身につけろ!』などと放言する方こそ、社会性を身に着けるべきだ。とにかく、話が脱線してしまったが、もう再びレールの上を走る列車に戻る気力が無いから、ここで、ぼんやりとだが書こうとしていた話題を放棄する。
やはり気が変わって話を戻すとすると、現在の歴史の地点はユニークなものだ。特に貨幣経済が蔓延し尽くしたグローバル社会だ。物が溢れている時代などでは決してなく、貨幣がその物の裏で蔓延している。物が溢れているのではなく、貨幣が溢れている。貨幣や物を上手く使えない人物はどんどん遅れを取らされる。例えば、海外ドラマ『Lost』では、ハーリイというアメリカ型の肥満体のキャラクターが登場する。彼は移民だ。移民の三世代目だ。彼の祖父は働き詰めの人生で、休日など必要としない真面目な労働者である。かつて休んだ日は手術を受けた日だけである。そんな意欲ある労働者の孫が人生に迷っているニートだ。しかも、肥満だ。ファストフードと食肉とお菓子とロック・ミュージックとアメコミを愛し、それらばかりに人生を費やしている人物だ。彼はスペイン語のコミック・ブックを読んでいるシーンがある。そこに移民である痕跡がはっきりと彼の世代にも認められる点である。ファストフード店で短期間だがバイトをするシーンもある。
とにかく、私たちは奴隷だ。働けど働けど、私たちの身分階級は奴隷なのである。物を消費させられる最底辺層にあって、なんの夢も希望もない。ただただ、消費するだけの社会的要員である。消費社会にあって、消費の洗脳を受けている世代だ。エンターテーメントを買わなければならないし、テレビを観なければならないし、コンビニでソフトドリンクを買わなければならない。ゲームソフトを買わなければならないし、音楽ソフトを買わなければならない。脅迫衝動ばかりが蔓延している、生きづらい社会だ。