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スポーツについて

お酒を飲むと起きて目覚め覚醒し目を見開いている視界が和らぐし、頭痛も何十分の一にまで納まる。毎日起きている間中ずっと何ヶ月も何年も家に篭ってパソコンの白く眩しいモニタを見続けているせいだろう。こんなにもパソコンに熱中しても、何の大勢の他人に役立つコンテンツが作れない。wikiでも立ち上げようかとも思ったが、止めておこう。これ以上の管理作業には作業量的に耐えられない。完全に管理側に廻って、Webサイト作りに作業を集中させた方が、他人に利用して貰え、かつ、人が集まり、私に力を貸してくれるコンテンツになるのかもしれない。しかし、私は自分自身を理屈で丸め込むのが快楽だ。それに勝る快楽は今のところない。

ブログを書く楽しみは、理屈で自分を丸め込むところにある。自分を言葉で理屈付け、一つの言語のみで構成された物語世界に住まわせることこそが、人類が感覚する中で最高の快楽である。すべての触覚、知覚、視覚などの感覚は思考の遊戯の中での快楽だ。

私はスポーツするように文化活動を楽しみたい。私はスポーツするようにブログを書き、スポーツするようにブログを管理し、スポーツするように他者のブログを構造主義者的に構造要素や文章構成を読解する。私はスポーツするように読書する。

自意識と戯れ脳内を混濁させるよりも、ヒップホップ・ミュージックのように、レコードを擦ったり、過去のレコードの繰り返すと魅力的に聴こえる部分を抜き出してループさせ、このブログのように言葉遊び的な言葉を載せて、曲作りをして遊んだりのターンテーブルを使った遊びに熱中したり、同じくターンテーブルで曲を繋いだり切ったり繋いだりアカペラ曲にブレイクビーツを足したりして遊んだり、もしもピアノが弾けたらなら的に私にもピアノが弾けたらと思うし、カラオクボックスで歌ってストレスを発散させるのではなく、ジャズボーカルの歌唱法を極めたりしたいのはしたい。しかし、自意識と戯れるのにも意味があるはずだ。その意味については明言しないが、何を行うにも、人間は能力の限界にぶち当たるということだ。その限界を乗り越えることが可能な気になるのはまやかしだ。まやかしとは、イデオロギーやビジネス自己啓発書や宗教やテレビや精神医療や臨床心理士的言説を仕事場以外で使用すること、のことだ。

とにかく、伝統を欠いた日本で「スポーツをしろ!」、「考えすぎだからスポーツをしろ!」、「自慰に耽ってないで、性欲解消の為にスポーツをしろ!」と言われる時、私は共産主義国や社会主義国におけるスポーツ、特にオリンピックの重要度と同じ意味を瞬時に感じ取ってしまう。清く正しい主義主張で統制された我が国は、資本主義のコーラを飲んでテレビを見ながらダラダラしているだらけきった国民の巣くう国よりも遺伝子的に優れた民族国家だ。それと同じものをどうしても感じてしまう。だから、私はスポーツを全くしたくならない。

繰り返すが、私は、スポーツするように文化活動を楽しみたい。

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