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過去の人生で何の成功した経験も無い

過去の人生で何の成功した経験も無いし、今現在も糞みたいに負け続けている。勝っている、もしくは、成功した状態や経験が皆無なんでどれをもって成功とするのか、その成功の基準がまったくもって分からない。惨敗した経験や状態や記憶しかないから、それを信じるしかなく、自滅的な人格形成しかされていない。ただ現在の私において、自滅型の性格とは言えないのが、ズレを含んでいていい感じかなとかそんな抽象表現をしてみるテストだが、自滅型というより退却型でもうどうしようもない閉塞感が強くする。何をしても失敗続きだったから、最後に残された手段の何もしないことに決めた、とは少し事情が違う。違う以外には何とも表現し難い。

とにかく、ぐだぐだだ。生活もぐだぐだになってきた。体力がまずない。ぐだぐだな思考を垂れ流しているのを、横に流すように電子紙面に書きつけようとしているが、それも上手くいかない。ぐだぐだな日は何も書けない。黙っているしかないほどに、言葉の無い緊張感がある。もしくは、言葉を奪われた緊張感が一日中張り詰め、高ぶっている。言葉にはならないから、何の生産性も無いが、生産性という言葉を使い出すと、日記には生産性があるのか?と、そんな疑念が絶えないが、何も書かないと何の突破口にも取っ掛かりにもならない、ような気もするが、それも負け組みたる私の常套手段だ。ただ、だらだらと文字を重ね、それに熱中するが為に、何の社会参加を試みない毎日がどんどん上へと積み重なっていくばかりだ。

私なんか何の意味も無い。意味の無さに意味がある、と言う程度の価値しかないブログだ。ただ、文字が書かれているから熱意があるだけで、日記の内容にいかなる意味も細塵程もない。このブログ日記の1ページ1ページに何の意味も価値も無い。全くのナンセンス無職ニートひきこもりブログだ。ブログを書くより、本当に、真剣に、私と同じ境遇にある人は、アドビのフォトショップやイラストレーターやDreamweaverやMacromedia Flashなどを遊びながら覚えた方が、人生楽しいのではなかろうか?どれも私には高くて買えないソフトウェアなので、それらが欲しくはあるが、、、、というか、それくらいの先行投資をけちけち出し惜しんでいるからこその、私のような負け組みなのだろう。何のサイト作成能力も無いから、何の価値も無い『hikikomori.in』だ。ドメインまでとったし、ドメインは取るなら、もっと早く取っておくべきだった。とにかく、時間が無い。時間が無いとしか言いようがない。口を突いて出てくる言葉は、時間が無い時間が無い、とにかく、時間が無い。負けてばかりいる、時間が無い。時間がもっと欲しい。

自意識日記ばかり書いているが、これこそが、負けていく者の特徴、なのではなく、私の知識が乏しい、という単純な理由で原因なのだろう。私は楽器が弾けるようになりたい。自意識にかまけているいるよりは、楽器が自由に弾けた方が社会的に有用な人間だ。私には何一つ社会的に有用な側面がない。過去においても未来においてもだ。どうしようもない無能力の、社会的に無用な人間だ。私の人生そのものがナンセンスだ。今これを書く私の頭の先から足の爪先まで、全てが社会的に無用だ。近代的な社会、上下水道、電気、警察、裁判所、刑務所、義務教育、など基本的な社会からまったくの無用な、能力を全く買われていないのが私だ。私が社会参加しなくても、充分社会は進んで行く。人員が足りないから、と呼ばれる機会もないし、そんなチャンスすらない。世襲的に、親の職業を継ぎようも無い。それどころか、社会常識とは無縁の常識を家庭内で強制されて育てられた。誰も、私の先祖代々は、子供を育てようという意欲がない。親自体の脳内が混乱していて、それで手一杯だ。何の豊かさも、精神的余裕もない。そんな風に、自意識を先祖代々受け継いで来て、私の世代でどうにもならなくなっている。どの時代も豊かだった。その内にあって要領が悪い者が貧乏人になる。どの時代も、無能な者が貧乏人だ。貧乏人は頭が混乱して何も構築できない、動揺して壊すことしか成しえない。

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