« プライベートなインターネット環境を持つことについて | メイン | 完全に社会から孤立している人物について »

YouTube.comを熱心に散策し、かつブログを書かなければならない。

熱心に取り組んでいるページのYouTubeメモだが、情報の見せ方もサイトデザインもhtml構造もseo対策もスタイルシートも、すべてに自信が100%失われていく。作り込んでいけばいくほどに、自信を失くす。自信を失くすというのは底なしだ。決して、あらかじめある100%の自信が少しずつ減っていく、ということを言っているのではない。どんどん、作りこめば作りこむほどに、その作業量の何割か増しで自分の無能さと向き合う事態になる。疲れる。熱心につぎ込んだ熱意量以上の心的ダメージを負うことになる。

熱心さを誰か買ってくれているもの、と勝手に想定して作っているが、その魔法も日に何度も何度も解け綻ぶ瞬間が襲ってくる。いやいやいや、でも、何とか誤魔化しながら前に進まなければならない。私の知識を増やす目的で作っているコンテンツなのだから、いつか私の知識が豊富なものになる、そのいつかを願って作っているのだ。それ以上でも以下でもない。がしかし、誰か私の苦労を読み取ってもらえないものだろうか?とも思う。が、とにかく、サイト作成のスキルがYouTubeメモに向き合うことでいつか向上して欲しい。今じゃなくて、いつかを見つめることにする。とにかく、いまの状態の自己評価は最低だ。自分の無能さを思い知らされているところだ。

1ページ詰め込み型から、全15ページまで分割してみました。よろしく!ということをアナウンスしたかったエントリーです。ブログを書くのを休んで、こんな活動をしています、そんな私の努力のアピールです。とにかく、私が何をしたらいいのかが分からない。だが、とにかく、インターネットで活発に活動しています、ということを文章で記述しておくのが、私のブログスタイルっぽいので、そうしておかなければならない。文章にしておかなければならない。「~しなければならない」と書くとき必ず、『「~しなければならない」という言い方は嫌いだ』という人物が私の文章をそういう見方で読む場合が、このエントリーにおいても、何割かはそういう感想を想起したり、私の目に触れる形で表明したがるのだろうが、「~しなければならない」は「~しなければならない」。それ以外の何物でもない。それ以外の何者にもなりえない。構築しなければならない。目に見える形で、私のYouTubeでの散策履歴を残しておくのが、私は私なりにそんな方法でインターネット及びブロゴスフィアに貢献しているつもりだ。

ブログが書かれなければブロゴスフィアでもインターネットでもないのだから、私は文字を書かなければならない。『「~しなければならない」という言い方は嫌いだ』そんなことをブログで発言したがる人物は痕跡なく消え去る側にいる。私は、そのサイドには決して投票したくはない。

こちらの方も今日追加・更新しました。

スポンサード リンク

連絡先

  • blog@hikikomori.in
Powered by
Movable Type 4.261