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どう考えても、ヒエラルキーの裾野が一番人口が多い。

何か考えて言葉を書き留めるような気分に持っていけない。その内、明らかに外出着も汚れが染み付き取れない磨耗して部分的に薄い衣類しか持っていない状態になる。外出着が全く無い状態に陥るとする。とすれば、としても、どうでもいいか。日々磨り減って余裕が無くなっていく。

禿げて勃起障害になってしまえばいいと思っている。そうなって当然だと思われているし、そうなってしまえと思う。明らかに実生活の上で孤立している。最近は、それに加え、落差が激しい環境に晒されている。生活が不安定だ。気分が分裂させられる。飴と鞭常態か。全く違うが、説明したいは感情の落差が激しい状況に置かれているという点だ。飴は与えられないが何か楽しげな雰囲気に偶然に触れてしまう。何の意味も無くだ。糞だ。ハイとローの気分の落差が激しい。

何でも書けるわけじゃない。だが、下層階級の生活をしているのは確かだ。ホームレスが家という枠組みを得ているに過ぎない程度の生活の質だ。私と同じくらい、家族全員に不潔感があり、野蛮で思考も生活習慣も前近代的だと思ってもらうといい。その程度の生活レベルなのだ。

生活内容の貧弱さを子供の頃に思い知らされた。この時も分裂した気分になった。とにかく、この落差は不味い。とにかく、下層階級の生活を私はブログで記述している。まったく豊かでない。

どう考えても、ヒエラルキーの裾野が一番人口が多い。右肩上がりなんかありえない。豚のように糞尿に塗れた足場の上に立っている。別の例えをすると、社会は一枚のシーツだ。どこかに皺寄せが来るのだ。余裕のある発言や主張が出来るのはより皺が少ない部分で暮らす人たちであろう。

繰り返す以外に頭が働かないのでもう一度言うが、社会は一枚のシーツだ。重層的で立体的なシーツではなく、一枚のシーツだ。一度強い力が加わればどこかに必ず皺寄せが来る。別の視点を与えれば、一枚の毛布で大勢が雑魚寝しているような社会システムの中で、一枚の毛布の代用品としてのシーツを奪い合っている。栄枯盛衰が同時に起こっているのだ。誰かが栄えれば、誰かが枯れていく。若者が栄え、老人が衰えていくわけがない。老人が余剰資金を溜め込めば、若者が枯れていく。まあ、でも若者は枯れないかもしれないが、少子化の時代が確実に進行して行く。今の時代は人間の数が多すぎるのだ。私みたいな無能な余剰人員は滅びていけばいいのだ。禿げて勃起障害になってしまえばいいし、歯茎が膿み歯が抜け落ちればいい。歯も気軽に磨けない、太陽の光すら気軽に浴びることができないのでいずれ確実にそうなる。そうなっても構わないが、そうなると確実に今以上に社会復帰に莫大な資金が必要になる。生活の質が粗悪なのだ。だから私みたいな人間にしか育てられないのだ。

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