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心が分裂しそうだ

オーディオ代わりに使ってもいるので、パソコンの電源を落とす機会がない。タイミングを失ってばかりいる。体感のアバウトな憶測で5日は点けっ放しにしているのではないだろうかと思っている。点けっ放しということは、イヤフォンを耳に嵌めっ放しだということだ。私の場合。

耳へのダメージは大きいだろう。24時間常時連続して刺激を受け続けている。寝る時もイヤフォンを嵌めっ放しだ。私は非常に音に悩まされる劣悪な住環境にいる。音楽を24時間大音量で聴いて気を紛らわす以外にない。個人のネットラジオを聴かせてもらう機会が多い。音楽だけでなくラジオを聴いていることも多い。なぜかネットラジオを聴く事で、人と話している気分になるので、何故か、なんとも言い表しようのない気分になる。確かなのは少しは幸福な気分になる。

自分の話の迷路に嵌ってしまった。とにかく整理しよう。

個人のネットラジオを聴くと、私の住環境より恵まれているとしきりに思えて腹が立つことも多い。なのであまり個人のネットラジオを聴くと、気分が優れない。何故こんなに静かな住環境なんだと羨ましくもあるし、憎くもある。それに加えて、先程述べたように、他人と会話したような気分に浸ることが出来る。言わば、個人のネットラジオを聴くと他人とお喋りしたい欲求が解消される。人はこんな会話をするのか、と脳内にある理想と現実のギャップを具体的な形で見せられるから、他人とお喋りしたい欲求が解消されるのかもしれない。現実はこうなんだ。人間には良くも悪くも限界がある。人間にはパターンがある。人間自体にも、会話自体にも、それぞれに型のような枠組みが、あいまいな理解だがしっかりと確かに存在する。

とにかく心が分裂しそうだ。このギャップは何なんだ?ついていけない。ネットラジオを聴いて、人と雑談して時間を過ごしたい欲求が満たされもするし、満たされるというのは言い過ぎにしても、気が紛れる。インターネットは孤独なものではいことについていけないし、心が分裂しそうだ。なぜインターネットは華やかでゴージャスで、私自身や私の周りの人間は出がらしのお茶っ葉みたいな使い道のない残りカスのような貧相さを体現した人たちばかりなのだろうか?分からない。なぜなんだ?このギャップは?

書き残した話題が包含されたエントリーだが、何となく言いたいことの一分野は何とか冗漫さに任せることで網羅したような気がする。言い残された話題は、また別の言いたいことの分野に属する属性があるのだろう。とにかく心が分裂しそうだ。落差やギャップについていけない。昼夜逆転気味だから少し生活のリズムがはっきりしたものでなく、こう言い切れるものではいけど、朝というより午前中にすっきりと睡眠不足を振り払い目覚めて(言い訳ばかり書いているから話が脱線するが、分かりやすいように捕捉しておくとたぶん、4時間ずつに分けて寝ている。始め8時間活動したあと4時間寝て、起きて8時間活動して、また4時間寝て起きたのが、今まさしく言おうとしているすっきりとした目覚めだ。私にとっての朝の始まりがここなのだ)さわやかな気持ちだが、腹の奥でもやもや胃の辺りが緊張しているのを感じた。舞台に上がる前にみんなも感じるだろう、人間に共通する緊張する感覚があると思う。舞台に上がる前の胃のムカつき、もしくは、ふわふわ浮いたような肝の据わらなさ。なんというか、そんな緊張感の記述でみなさんに理解してもらえるだろうか?そんな人生に対する、胃が裏返りそうな緊張感を寒々かつふわふわと感じた。

自分は何をやっているんだ。この場所に留まり続けると明らかに不利益になる。この落ち着いていない忙しない住環境で、落ち着いてスキルを身に着けられるはずがなかったのだ。人生をどぶに捨てて生きてきた。こんな劣悪な環境にでも何でも耐えられないのなら、人間失格だと言われ続けてきたし、自分でも自他共に洗脳されそう思い込んできた。しかしそれはない。しかし疑念が絶えない。明らかに劣悪な住環境だ。なんというか、疑念が絶えないと表現する以外にないタイプの劣悪さだ。なぜ、私は新興宗教からなかなか抜けさせてくれなくて困っている風に人生を今まさに過ごさなければならないのか?わけが分からない。疲れた。

それに加え、インターネットがまぶし過ぎる。目の毒だ。目の毒だし、心が分裂しそうだ。とにかくこれだけは言いたい。私は明らかに、インターネット上の階層のほぼ100%を占めているかに思える中産階級、すなわち、インターネット社会やブログスフィアは中産階級社会である。明らかに違和感のある、場違い感のある私のようなブロガーの存在がある。私ってば先祖代々労働者階級じゃん?とかわけの分からない挑発をしたいわけじゃない。話がそれるが、労働者階級も長年勤続し会社に尽くせば、中産階級に成れた時代もあったし、私の親も祖父祖母もそんなタイプの中産階級だったのだろう。だが、中産階級のようなお金の遣い方や他人と上手く付き合っていける社会的能力や言語能力が高い人たちではない。だから、私は胸を張って、「私は労働者階級である」と正真正銘嘘偽りなく断言できる。ともかく、私と他のブロガーとのギャップを感じる。私は違うステージにいる存在だ。ブログスフィアに入る資格も権利もない気がしてきた。とにかく、社会的なさまざまな能力が低いは、スキルが低いは、どうしようもない無能者だ。

とにかくすっきりした目覚めだが、いきなり胃が裏返りそうになる緊張感に人生が無意味なものに思えた。私の人生は明らかに無意味だ。そして、私のブログはこんなにも無能力だ。

私の人生は明らかに無意味だ。そう再び呟く以外にセリフがない無意味な人生。なんのスキルもない。人生を器用に立ち回るスキルがことごとくないブロガーだ。私は2000年からインターネットに触れているのに何のスキルもない。泣けてきた。泣けてきたというより、時間の無駄使いが恐ろしかった。

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