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徒労系ブロガー

疲れた。本当に毎日文章なんか書けないのだ。24時間暇であろうと、精神的及び肉体的に多大に疲れている。私は本当に何も持っていない人間だ。結局は持っている人間が、私に対してネガティブな反応を示す。ネット上でも白い目で見られている。熱心に22ヶ月ほど活動した結果がこれだ。これでは疲れる。

といって、何のエンターテイメントも提供できない私の能力の限界がある。ポップでありたい。クソブログを味噌ブログに錯覚させる技術力が欲しい。しかし、このままの状態が何かと都合がいい。隠れ蓑的な都合の良さを言っているのではなくて、今の透明人間状態が結局は好ましいのだ。どんな内容の文章を書こうと、特定の誰かに同情されたり、支持されたりすると、その時点で下位の存在に見られている。それか、役割を負わされそうになっている、との身の危険が付きまとうのだ。

私は何人にもアピールしない無能力な人間だ。最底辺でうごうご蠢いているにすぎない。馬鹿の一つ覚えでブログをこうして書いている。本当にクソ無能力のクソ低学歴無資格無職だ。このままの生活を横へ横へずらしていく重さを、全身で骨身に染み込ませなければならない。横へずらしていく重みがそこにあるのみだ。

無気力に毎日の人生時間をクソみたいに潰しているが、そうも無気力ではない波が来る。精神的に追い詰められるほどに何か書きたくなる。何か書かずには居られなくなる。しかし、その書きっ放しの文章にブログ運営者としてまた苦しめられる。精神的に追い込まれ文章を長く長くしたため、その反応は冷たい読み手の反応が返ってくるばかり。書きっ放しの文章は、思考すると同時に書いているので、文章がボロボロの悪文であるのは自分が良く知っている。アップロードした後日に手を入れる必要があるが、この文章が曲者なのだ。微妙な均衡の上で成り立っているものであるのだ。ミスタイプを一文字弄っただけで、ジェンガの玩具のように総崩れに総雪崩崩れる。

すなわち、文章は書けても自分の文章は批評は出来ない。ミスタイプであろうと直していまったら、全てがミスであるかのような視点を得てしまう。私は視点を得てはいけないのだ。馬鹿の一つ覚えでブログを書く。それで実はブログ文化に貢献しているつもりでいる。実際はただの思い込みで、世界一無意味な文章を書いている自分の糞の後始末も出来ずに、次のエントリーへ流れ去っていく、昭和の印刷技術とコストのチラシの裏へキチガイじみた熱心さで全霊を文字に込めた落書きを落文章書く徒労ブロガーだ。誰も昭和時代の印刷技術とコストのチラシの裏なんかめくってまで見ない。裏はブランクと常識的に判断していて覆らない。パーマネントな決っている事柄なのだ。めくる動作がまず疲れる徒労であるのだ。私だってそうおもう。

この大いなる無駄な努力は早期撤退すべき、無駄な努力。努力する方向を間違っているのは明らかだ。こんなブログは止めてしまうべきだ。

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