ひきこもり外出マニュアル
「ひきこもり=登校拒否」と社会的に認知されていて、私のような人物は足を引っ張られる。年齢的な余裕をみても、「(問題が)遅延された登校拒否児」という程度の認識が限界なのだ。私はそこから大きく食み出している。どうしようもない。
都会に住んでいるならまだしも、田舎に住んでいるという極めて鬱屈した閉塞状況。もしくは、私の現在住んでいる地域はまだ、都会的な方といえるかのもしれない。私が生まれ育った地域なんか、目も当てられないほど酷い地域だ。産業も商業も完全に衰退していて、医療も近隣ではろくなものを受けられない。隣の豊かな財政の市にまで、遠く出掛けて医療を受ける必要があるが、車なんか持っているような家庭なんかではない。
その地域の名称を挙げることはできないが、田舎と都市部では大きな見過ごせない程の格差がある。結局は田舎に住んでいる者は、工場で働き、都心部へ移転する資金を貯めたり、何らかの教育を受けて、キャリアアップを図るしかないのだ。
URIは現在手元に無いが、私は「ひきこもり外出マニュアル」などには反対の立場を取っている。消費社会に過剰に従順になってどういう道が待っているというんだ?自分のお金で買いたい物を買ったり、男性ならば性的サービスを買う為に、世の中の人間は働いているんだ、と主張しているのと同義の立場でしかない。
「ひきこもり外出マニュアル」も「脱オタクファッション・マニュアル」も価値のある情報であるのは私も認める。が、結局は一人歩きしやすい。いつのまにか、「消費されやすい概念」化しやすい。
「ひきこもり外出マニュアル」を過剰に実行しつづけて、結局は「自分で稼いでそういうところへは行け!」という結論になり、必要な時に経済的な支援が受けられない事態も考えうる。インターネットを最大限に活用して、銀行口座を開いて、素直にお金は守銭奴のように貯めておくべきではなかろうか?
私の個人的な実体験だと、結局は貯めても貯めなくても、事態は変わらないが。例えば、兄弟がいたとして、「あなたはお金を貯めているから、充分持っているんでしょ?」という不可思議な理由から、他の兄弟に比べて、経済的な支援が徐々に減らされて行く傾向に必ずなる。適度に浪費して、証拠を見せなければならない事態に、精神的に追い込まれる。