引きこもる。
正直、もう何を書いていいのか分からない。時間単位でというより、月日をやり過ごすことだけを考えている。着ているものもボロボロだし、近所関係も悪いので窓を開けたくない。窓を開けると突発的に怒りが湧いてくるからだ。まったく開けないでおけば、自分の領域を侵されなくて済む。ただ、室内の空気が物凄く悪くなる。頭痛の原因にもなりうる。深夜にそっと新鮮な空気を入れ替える。タイミングが合わなければ、数日そのままになってしまいがちだ。暖房器具をつけたり消したりを過度に行うので、灯油の不完全燃焼で空気がかなり汚れているはずである。
とにかく何も出来ない。私の活動として憎しみを日々練ってばかりいる。住環境がかなり悪い。人間関係が薄い場所がいいに決っている。私は長年この地域に住んでいるわけではない。地域の特性というものもある。文化圏というものがある。まったくそれに馴染めない。言動の傾向というものがある。先祖代々この地域で暮らしているという生活が想像がつかない。とにかく邪魔でしようがない。結局は類が友を呼ぶ的にクソな住環境にしかいない。家の中であっても、家族そろって私のようにホームレスの小屋のような生活形態だ。
正直もう何を書いたらいいのか分からない。文章を書いていて、間違った場所に足を踏み入れてしまった感覚を覚える確立がここのところ高くなった。文章を能動的に書く際に、「間違った場所に足を踏み入れてしまった感覚」というのは文章が袋小路に嵌って抜け出ることが出来ないという感覚である。文章を書くレベルが低いということだ。ぐだぐだな愚痴をぐだぐだ書いている怠慢で、文章の足取りが重い感覚というのがすぐに分かる。内容に係わらず、内容の質の問題が感覚的に瞬時に分かる。微妙なものだが、何となく分かる。数日経って、没にしたテキストファイルを読むと確実に分かる。気力を注いで書いたか、気力が充分に練れていないか、の違いだ。ただの日記だというのに、気力を練らなければならない。文字に公開に耐えうる強度を持たせるために。
全く文章が書けなくて悩む。とにかく、人間らしい生活を完全に手放して、まだまだ何かを待つ必要がある。月日に耐えて。手放してしまえば、もう悩む必要がない。窓を開けず、電気も点けず、生活感を消せばいいだけの話だ。少し、過干渉的な環境からそうして身を守る以外にない。最悪これから三年寝て暮らせばいいだけだ。そうすれば、やっとストレスフリーの住環境だ。