田舎に特化した人格形成
16時間程度連続して、緊張しっ放しの毎日だ。家の中は落ち着くねという人が羨ましい。もう通常の人生時間で一生分はこの家に篭っている気が直観的にする。昼夜逆転生活から朝にちゃんと起きられる生活に戻った。この方が健康にいい。しかし、昼夜逆転生活を強いられる理由が無いわけではない。それなりの理由がある。何を選択し、何を犠牲にし、何を捨て去るか?いつもそれらが問われている。一番良いのは資産を犠牲にし、自分の生活を犠牲にしないことだ。
自己犠牲精神なら支払ってもいいが、もう自分の生活を犠牲にはしたくない。自分の生活を守ることこそが最優先事項だ。だが自己犠牲精神を発揮できる場なんてない。リスクを取ってもいいが、リスクのチケットを配分してくれる場もない。私の所まで回ってくるのは貧乏くじだけだ。リスクを引き受けて成功したり失敗したり、自己犠牲精神で問題を引き受けて成功したり失敗したり、などの領域内には私は立てていない。土俵の外にいる。
土俵の外にいる、というのとは正確な意味合いではない。言わば、相撲が行われる会場の外にいる音も聞こえないチラリとも覗けもしない位置にいる、テレビは存在しても翻訳されていない映像しか観られない日本語が分からないから相撲の知識を手に入れる手段が無い国の出身、場外馬券売り場が近くに全くなくインターネット投票も無理な環境下にある。
つまりは退屈な辺境の地に住んでいるということだ。都市部の方が選択肢が豊富にあるのは事実だろ?田舎に特化した人間に改めて人格形成し直したり人格矯正する。それしか生き残る道がない。愛車とパチンコとゲームが生活の中心の日々へと。