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「好きなことを職業にする」そういった言説を頻繁に目にする。

独自ドメインが軌道に乗るまで不安だから、というのもあるが、やる気が出ないから話題も見当たらない。もう充分に書いた。しかし、まだまだ続くよニートブログ。ひきこもり傾向に至っては、一生続くだろう。無職はそうも続かないかもしれない。現在の生活が不安定になりそうな予感が強くする。家で出来ることなら何でもやるんだが……。安定した生活なんてない。私の生活は安定してはいない。

ここのところ、思い切ってルーティンワークを減らしてみた。精神的負担が減った。だがいくらワーカホリック的といえど、結局は遊んで暮らしている事実には変わりがない。せめてもっと楽しく遊べればいいのだが、辛くてしようがない。楽しい時間が過ごせることは稀だ。ここ数日は奇跡的に、快楽的にある映像物語を観て日々を過ごせた。その程度の充実感しか得られない。海外ドラマを観たのだが、続きが気になってしょうがないが、まだまた放映途中の作品だ。(一年以上に渡って放映しているシリーズ。を一気に数日で観た。存在に初めて気づいて、貪りつくように数日間で観尽した。)

「好きなことを職業にする」そういった言説を頻繁に目にする。これは意味が解らない。何を言おうとしているのか意味が解らない。自分の好き嫌いを完全に把握している人物が存在しうるのか?という疑問がまず湧く。

「私はブログを書くのが好きだから、好きなことを仕事にしたい」これは意味をなしている。しかし「私は海外ドラマを観るのが好きだから、好きなことを仕事にしたい」これは意味をなしていない。不明瞭過ぎる。論理をもう一段階推し進める必要が出てくる。

簡単に書けば、能動的にする趣味は職業たりえるが、受動的な趣味は職業たりえない。ならば、「能動的に何かをする」種類の人たちを責めることができるのだろうか?そんな話題を豊かな文章で書き綴りたかったが、私の今日の気分は向いていない。アイデア程度で書き留めておく。

アジテーションしたい訳ではないが、「好きなことを職業にする」という意味の本質を理解していなく、他者への貶し文句の定番として、特に『ひきこもり』や『ニート』関連で侮蔑的に転用されているのを度々目にさせられるインターネットへ嫌悪感をここに表明しておく。

具体的にURLを示したいくらいだ。だが、トラブルを避けるためにそうしないのではなく、他人の文章を丹念に読み解くことはできても、それをアウトプットする根気が出ないから、そうはできない。

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