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「0」は決して「1」にはならない。

年末は11月の始まりから気分が悪い。何か、コントロール可能な厄災を清算してしまわなければ、と急かされている気持ちへ追い込まれるから気分が悪い。日本人だからそんな傾向が内面に芽吹く時期なのか、家族からマインドコントロールを受けた結果なのか?どちらにしろ気分が良いものではない。おおげさに思われるかもしれないと予測される語彙を使って内面を表現してみたが、そうもおおげさなことではない。「厄災を清算してしまわなければ」と私が心理的に追い込まれている時期であるのは確かだ。何かしら清算しても余暇が待っている訳でもない。

後先考えずとりあえず引越しをするかな。準備をするにも資金力が要る。資本が資本を呼ぶ世の中の仕組みだ。私のような人間は資本には好かれない。私への投資ではなく、私への浪費でしかない。私はこの先生きのこっても何のキャリアアップがないと断言できる。中産階級的な生育環境とは無縁の世界で育ったからだ。私が何を行おうがキャリアアップや実績を積み重ねていくこととは無縁だ。何も積み重ねない方が偉いと心理的に刷り込まれている。

だから全てを無に帰すことしか成しえない。しかし、それを肯定的に捉えることも可能だ。「hikikomori.in」はまだ何の実績も無い。インドのドメインを選んでしまったことも今になって気がかりだ。再びゼロ地点だ。「0」は決して「1」にはならない。無は無。有は有なのだ。身分をわきまえなければならない。「1」に憧れることを止めて、役割を引き受ける以外に無い。私には何も背負うものもない。私には何の歴史もない。私には何の過去も人生もない。無だ。無は清々しい、何の責任も負う必要がない、無は何にでも成れる。私はまったくそうは主張しない。無は無にしかなれない。原点に常に立ち返ることしかできない。原点に常に立ち返ることこそが、無が担っている仕事だ。

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