日記について書いた日記
MovableTypeを主体としたサイトリニューアルが上手くいかない。まだまだ時間が掛かる。その上、日記も書かなければならない。その上、日記を書くのは見返りが得られない上に、相当の時間を取られる。個人的な日記でしかないのに、何度も書き直す必要が出てくる。
日記は何らかのテーマや目的を持って書かれているものではない。即興で、気持ちの整理をしたり、一日を振り返ったりして書いている。それがルールだ。もっと言うと、書き上げたら、そのまま読み返さずにアップロードしている。推敲や編集はせずに、一区切り気持ちの整理か、一応の仮の結論が出たらそこで筆を置き、投稿ボタンを押さなければならない。
日記は鮮度が命だ。推敲や編集や語彙を吟味しているようなまどろっこしさは必要じゃない。鮮度が命だ。鮮度を失えば、その命を失う。だからすぐさま、投稿ボタンを押さなければならない。言わば、日記は「『投稿ボタン』を探す旅」なのだ。非常に集中力を要求される作業だ、日記は。
という言い訳でした。時間はたっぷり有るんだが、暇で暇でしょうがないんだが、私の理解力の無さ、能力の無さが足を引っ張る。足を引っ張ると言う表現はすべきではないとは思う。誰に対してもすべきではない。そんなことはどうでもいいと思えるくらいに私の「能力の無さが足を引っ張」っている。重荷だ。私の無能力さが。
自虐表現しないと前に進めないのです。疲れた疲れた精神的にも肉体的にも疲労困憊!と言いながらでないと、生産的にブログエントリーを生産できない。生産できなければ、自分のブログを他人に見てもらう機会が減る。どちらにしろ、自虐文章を書けばアクセスIP数乖離が激しい。それとこれとは別の問題だ。生産的に文章を書いて、新鮮な空気を家の中へ取り込むことが、私のブログの最上位のルールだ。
MovableTypeを主体としたサイトリニューアルが、そこで必要不可欠になって来た。仮に設置したブログで今月は1エントリーを書いた。この『ひきこもり日記』では今月15エントリーを果たした。11月24日だから合計、現時点で24エントリーはノルマをこなしていなければならないはずだ。しかし、私には限界がある。毎日時間がたっぷりある無職だが、精神的余裕の無いひきこもりなんでほんとノルマとか勘弁!
時間が有るからなんとかなるというのは私の能力的に厳しい。様々な戦いを同時進行で行っている。どれが必要でどれが不必要な戦いかなんて、私には見分けがつかない。戦地からセンチメンタルにブログ配信を行っているhikki_woods。もうすぐこのアカウントともお別れだ。センチメンタル=感傷的なパーソナル日記は止めにしたいが、それ以外に話題が無い。自分の内面の話をしているのではなく、私の能力の日記を書いているつもりではあるが、どちらも同じようなもんで私にも見分けがつかない。『内面』か『能力』かでは大きく日記の性質が異なると私は考えている。どちらにしろ愚痴なのかもしれない。分からない。