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ひきこもり当事者の発言権について

疲れた。少し休みたい。音のない場所で。外の物音で睡眠を妨害されたくない。家の中の物音で目が覚めた記憶もないことだし。睡眠が足りていない。数日は寝逃げして過ごすのが正しい判断だろうか?

眠い。しかし、自然に触れて休みたいそう思う。少し陽の光を浴びたり、新鮮な風を浴びたり、他人と目を合わせて会話したり、そういった自然が不足しているのが感覚的に分かる。デジタルの世界に触れてばかりで、乗り物酔い的吐き気がする。機械もデジタルももうたくさんだ。

何か目標を達成しないと止めはしないが。私の気力か精神力の限界か、何らかのネット上の私に対しての評価が上がるのを目視するまでは、止まらない。評価が今のように最低でも構わない。私の存在がゴミのように扱われようとも、それはそれで目に見える評価であるし、達成的である。今までのように、家族からゴミのように扱われて、挑戦することを諦めるべく、自滅するべく仕向けられるより充分すぎるくらいましな闘いである。

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