私の家庭事情と諸外国においての貧困問題とについて
私には何の能力も微塵も持っていない。どうしようもない。例えば、貧困地域や特に飢餓地域の人々はなぜ努力しないのか?と私は思う。「その場所から移動すれば、問題は少しでも前進していくのではないのか?」と。結局はそう結論付けてしまいそうになる。私の状況として、同じく住む地域を変えなければならない、と感じているからだ。
しかし、結局は移動できない。実質、生まれや育ち(身分)や所得により隔離されているからだ。それを思い知る以外ない。骨身に染みるまで、私の知能が抜け落ちている脳味噌に繰り返し覚え込ませなければならない。外出マニュアルとか裕福なことを言っていられる状況ではないんだ。
もっと自分で考えているよりも危機的な状況で、身の危険にも晒されている。修羅場とはいつ何処で何時に勃発するものとは限らないから修羅場というのだ。身の危険にも遭わないとは全く思えないし、犯罪を犯さざるを得ない状況に追い込まれないとも限らない。それ程、家庭の事情とは困難で複雑なものだ。修羅場では、冷静な判断なんか微塵も望めない。
現在はどう呼ばれているのか正式な名称が分からないが、「プチ家出」についてのをテレビ番組を何年も前から頻繁に継続して見かける。どういう意図があって放送しているのか私には理解不能だが、彼女や彼らはよい就職口や結婚生活にありつけるものだろうか?そう思われて仕方がない。現代風俗の話をテレビ番組として面白おかしく意図的に構成しているとしか思えない。若者事情でなく、親世代の現代風俗という視点から物語を再度組み替え、若者が成人して人並みの幸せを掴めるまで見届けるべきだ。
現代風俗と呼ばれる程に裕福な家庭で育てば、貧困家庭より気持ちも豊かでいざとなれば他に部屋を借り与えることもできようが、貧困家庭ではよりダイレクトに気持ちが働くであろう。自分で考えているよりも危機的な状況だと知れ。