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技術力について

なんか無性にボンゴという楽器を叩きたくなった。それか、三拍子か四拍子でピアノの鍵盤を叩きたくなった。それか、余韻を聴かせるヴィブラフォンを叩きたくなった。それらが入っている曲はジャズでもジャズ・ロックでも無条件で好きになるんだ。だから自分も演奏してみたくなったんだ。演奏というより叩きたい。でも、自分に叩けるのはキーボードだけなんだ。今のところは。キーボードといってもパソコンの、なんです。

ヴィブラフォンといえばビブラートが特徴的だ。1stと2ndしか聴いたことがないんだけど、中島美嘉さんとかいいよね、ビブラートがしっかり利いていて。ニューヨークのため息的にハスキーでロリータ・ヴォイスで、ジャズ・ボーカルそのものだ決めつけても大丈夫だろう。ただ、ジャズ・ボーカルは冗漫すぎるのが、難点であり長所でもあり、やっぱり短所でもある。その点、ポップスは消費されやすくツボを押さえてあって、よく考えられている。容赦なく無駄が一切ないながらも、というより、だから、親しみやすく消費しやすい生理機能や社会生活に溶け込んだ違和感のない曲調になるように考えられている。

言わば、過去の音楽のおいしいとこ取りだ。少し言葉が悪く聞こえるので言い換えれば、過去の音楽を使いやすく改変を重ねた歴史の集大成であるとも、批評の実践であるとも言える。

だいぶ話が逸脱してしまったが、たまに無性に手で平らな場所、例えばテーブルや机や柱など叩きたくなる。それを良い方向に解釈(悪い方向へは解釈はしない)してやれば、打楽器を演奏したいという無意識の欲望の表出だということです。テクニックが欲しいのです。道具を上手く扱ったり、道具に仕事を与えるテクニックが。

テクニックは理解がしやすい。一目で見て判断できる。ブログは目で見て一瞬の内に、理解を与えるのが難しい。判断保留に次ぐ判断保留の無限連鎖でしかない。読者側から見ても、書き手側から見ても。その反面、テクニックは理解がしやすい。

打楽器をメロディックに、原始的感情を呼び覚ますがごとく、ビブラートの余韻に酔いながら、叩いて間に酔って叩いて間に酔ってを繰り返すことを、表現できる技術が欲しい。

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