« 私は書物から必要とされていない存在だ。 | メイン | 今からでも遅くないかもしれないから、グレようと計画はしている。 »

過去の人生での良い思い出を拠り所に。しかし、それが足枷に。

脳に血液の代わりに毒が廻り、痺れ、胃が裏返りそうな程緊張している。背骨は鉛に変質しかたと思われる程に体の芯の動きが鈍い。肌が痒い。蒸し暑さのせいでだ。何もかもに嫌悪感を思考回路に覚える。役に立たたずな使えない人間が私の性質でしかない。世界をシンプルなものへ意識改革を今すぐにでも行いたいが、そんなことは出来よう筈も無い。そもそもその能力が欠如している。別の方策を模索する場として、唯一考え付く方法としてブログを書く。自己卑下は他者には激しくうざがられるだろう。それと私のブログは区別されなければならない。そもそも自分の内面にしか語りかける以外に対象をイメージできなくなっている。他人が全く見えていないから私は私に語りかけている。しかし、私の視界の内には私が存在していない。「身体のダルさ」だけがそこには存在する。それとこの場から賢く迅速に逃避したいという悲痛な祈りに似た想い。それらは反目しあっている。この場を逃げて上手く行った試しがないからである。ことごとく自分の能力の限界として行動力の無さに愛想が尽きている。尽ききった乾いた底を疲弊しつつ眺めている。私の観ている世界が嫌でしようがない。誰かと交換したい。それが経済というものかもしれない。経済には守銭奴という概念も存在するからそう上手く行くものではないだろうが。とにかく楽しい気分になりたい。いっときでも。非常にイライラして止まらない。怒りも湧いてくる。自発的には今年に入ってお金は使ってないはずだ。金銭感覚がもともと解らない。解れば上手くお金を使ってこの人生から抜け出している。金銭的余裕があればコンビニにお酒を深夜そっと買いに出かけて、出かけることででなく、お酒を飲むことで張り詰めた神経を緩めたい。たぶん、時間帯は深夜が好ましい。世界のノイズにこれ以上耐えられないからだ。そっとさりげなくまったりとした時間を過ごした記憶だけが、私にとって唯一の、過去の人生を振り返った中で楽しい記憶だからだ。その思い出の映像は浮かんでは来ないが身体がそう記憶している。

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