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過干渉と味方へと取り込む手口について、だらしない文体でぼんやり考えてみた。

緊張する昨日の日記のこともあるし。昨日の記事に対して、どんな風な感想を本人は持ったのか気になりすぎて緊張する。かといって反応が欲しいわけではないです。私のしょぼいブログのことなんて早い所忘れてください。次回更新分の記事からはネタにはしませんから。約束します。やはりでも、来なければ来ないで寂しいです。ただ、また攻撃を受けるんじゃないか?と早合点から緊張するってだけで、私の側の問題かもですね。特定の人物が気になるからブログ更新がままならない状態ってことですかね?

私も学歴があればなと思います。私は「低学歴=労働者階級」だとは思っていません。なんて言ったらいいんだろう?まあでも、意見を整理するのや論考を書き記すのは今日は面倒な気分なので、その話は置いておいて、またいつかってことで。書くことがない。疲れた。流れが途切れたのは確かだし、昨日の事もあって緊張している。経験しない方がいいことって数多くありますよね。

その経験を背負った人物が他者に注意を促したり説教しても、それは意味がないことだと思います。少し言いたいことが表現できていない不満がある。それは少し違うな。誰だってそれぞれに経験はしているよね。他者には全くの価値のない無駄な努力や経験だとしても。経験豊富な年長者が全てにおいて偉いって訳でもない。保身しか考えず思考停止した厄介な障壁は厄介だなとしか言いようがない。私より年齢が若くても世界を新鮮な風景に観えている人は積極的に評価すべきだと思います。

経験不足だからお前はダメだ、とかは思わない。教えて君でも意欲的であれば成功者になれますしね。意欲が持続できる精神力というか、建設的な思考が上手く機能している、自分の周りの環境を整えることが出来る人とか、羨ましいなと思います。何が言いたいのか解らないくなってきた、自分でも。

あれは、違ったかな、鬱病の母親が(日本人ではない)子供をあやしている姿を一例として紹介している科学や医療関連の教育的学習番組だけど、それを観て私もこう育てられたんだな、ここまでは過剰ではないだろうけど、こういう傾向が両親とも強かったんだろうなと、考えさせられた。単純に説明をしておくと、微妙な反応や表情が読み取れない母親で、始めは優しく子供をあやしていたんだけれど、だんだん神経質に子供を抱いて揺さぶる、揺さぶり方が過剰に加速し始めて、母親の顔も悲しい感情なのか強張っていく、のだが、言葉は始めから最後まで優しい言葉を掛けている。

こんなに一生懸命子供のご機嫌を取っているのに、なぜあなたは楽しそうにしないのか?といった、自分の努力対しての他者の反応のギャップに怒っていたのかもしれない。これも想像で書いているだけで、正確性に欠けている。随分前に観た番組で、多分途中で観るのが辛くなって観るのを止めたんだと思う。正確性には欠けているかもしれない。ただ想像で書いてみた。日本人は全般的に、こんな母親みたいな性格の人だらけのような気もする。だだ気がするだけで、私の波長が合ってしまってこんな人を呼び寄せる才能があるのかもしれない。

控えめな人も多いけれど、過干渉な人も多い。言わば、過干渉な洗脳だと思う。他人の自由や選択権を奪いながらも、あなたのこんな性格は改めた方がいい、という言説の一本槍でダメ出しのみの忠告をする。最後の決め台詞として、あなたに可能性があるから嫌々ながら悪者になるのも覚悟の上で徹底的に、苦言を呈しているのだと、自分の独自の思想の味方を増やす目的の為に、そういった洗脳手口を好んで使う、全く味方のいない寂しい人が多い気がする。

何をだらだら書いているんだろう?目的はありません。私は思想も意見も主張もない大人しい無口な人間です。ただ埋めているだけです。ある程度の量がなければ、なんか達成感が薄い気がして、思考の流れに身を任せてつらつらと筆を走らせました。いつもの「手口」です。

私も派手な言説を弄ぶ資本に愛される人物、もしくはビジネスの才能や営業能力の高い人物になりたい願望はありますが、無理だと思います。こんなだらけた文章を嬉々としてアップロードするような無邪気な子供では。

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