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24時間休み無い蒸し暑さに耐えられない

今度は太陽だけでなく、熱帯夜の夜さえも憎い。24時間逃げ場がない。24時間休みなく蒸し暑い。温かさが抜けないともいえる身体で感じた皮膚感覚だ。暑すぎる。ひきこもってなど居られないがそう思うと余計に行動できない。今は氷を舐めて暑さから一時的に休息中だが一日中氷を舐めて生活するわけにも行かない。水道水から作られた氷の味は不味すぎる。窓を開けているが少ししか風が入ってこない。夜になれば照明器具の熱で室温が今より上昇するおまけつき。今だって充分に暑い。液晶モニタの照明熱、PC本体の熱排気。

暑くて日記を書く気も意味も分からない。理解できない。横たわって体を休めたい。暑くて考えられない。その前に体中の肌が痒い。やり切れない。全てが無意味だ。文章なんて思いつかない。Bossa Jazzでも聴きながら横たわって体を休めたい。本当は開放したくない。本当は開放したい。前者は、隙間なく外の景色を塞いだ室内で他者の視線を完璧に遮りコミュニケーションも断絶した厚い隔たりの内にこそ私の希望がある。後者は、肌の痒みやモチベーションの低下を意識しなくてすむように意識を緩めたい願望。後者は手軽に出来る。前者は少しばかり努力が必要だ。

やはり前言撤回でどちらも努力が必要だ。体を横たえてBossa Jazzを聴きながら気分を緩め、その先に見える睡眠の忘我の境地を貪っても、ただの寝逃げだ。寝仏になりたい。ただインスピレーションに任せて書いて見ただけ。暑い痒いBossaJazz寝逃げ酒飲みたいが外出したくない外出できないお金を無駄に支払いたくはない。酒でも飲まなければ文章に向かう心の余裕が持てない。暑い。文章に向かうことのないエネルギーの発散場所が思いつかない。ブログへ駄文しかアップロードできないストレス。

ここで定義する駄文は、書き手の私の何の思い入れも見出せない無意義な文章のことで、書き手には分からないとしか言いようないが、おそらく内容も薄い文章だ。例えば今日のような。

肌が痒くてストレスが溜まる。文章も書けない。生活に微塵の新鮮味もない。

というよりも力が抜ける。何もしたくないが焦りだけが習慣的に思考回路にすりこまれていて忙しさのイメージが拭えない。忙しい。忙しない。……脳内が。脳内だけが忙しない。苛立っていると余計に肌が痒い。掻くと痒みの無限地獄で苛立ちが最高潮に達する忙しなさ。忙しい。痒みが忙しい忙殺だ。生活の煩雑さの合間合間で文章を綴ったりメモを取ったりする気分的な余裕が持てない。体を横たえてBossa Jazzを聴きながら私の人生の無意味さに焦りを感じるが抵抗は無意味だ。

音楽だけは聴く意欲がある毎日。夏日や熱帯夜とBossa Jazzがよく合う以上の最良で極上のマッチング。

この一枚のBossa JazzのコンピレーションCDの選曲の良さは3日間このコンピ盤だけを繰り返し聴いたので質が高いことや、膨大な曲の中から「Bossa Jazz」というテーマを絞ってそのテーマから外れる選曲はされていない物語の整合性のようなものを感じる。奇をてらったり、自己中心的な主張も排除された趣味の良い上品かつ意欲的な製作意欲が感じられるブラジリアン・ミュージック好きの「曲」の集まり。しかしながら、そこにも大きな不満の芽吹きがある。あまりにも商業主義的な選曲、というべきでもある不満感。

私は、この一枚のコンピ盤のように上品でもないし、汗はだらだら掻いているし肌は掻き毟られボロボロこそげ落ちるし、瘡蓋がところどころあり、外見が瘡蓋だらけで痛々しい人物だ。私は私の選曲をすべきだし、そうすべく私によって曲が選ばれることを望む。というのと少し違うくて、いろいろなテーマで、テーマに沿って「自己中心的な主張を排除」して趣味的に私も一つの雰囲気(テーマ)を纏め上げたい編集力量的な創造意欲であり、まぎれもなく創作意欲がある。

商業主義に叶った趣味の良い選曲に騙されるのではなく、失敗しても受け入れるから私も私の選曲的趣味的世界観を創りあげたいし提唱したい。

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