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現代美術と情報格差と地域格差と知的興奮について

毎日毎日何も書く話題が無い。外に出掛けなければ何の新鮮味もない。言葉が湧き上がらない。言葉の無い世界。そういえば今年に入って何も品物を買っていないようだ。何かをレジを通して、その前に店舗へ足を運ぶのが億劫だし、外出する理由もなくはないが、不必要な行動だと思い込んでいる。何もしない。息も浅くしか吸い込まない毎日。

どこか新鮮な町並みの新鮮な空気を深く吸い込みたい。現代美術でも長時間かけて一作品ずつ丁寧に眺める時間の無駄遣いをしたい。現代美術作品を観るのは時間の無駄だとさりげなく主張したい訳ではなく、私が「現代美術作品を観」ても何も意味が無い行為なのではなかろうか?という類の自己卑下的な呟き以上の物言いではないのです。ただの独り言にすぎない。

現代美術作品でも頭を空っぽにして理屈抜きで、作品の前に立って眺める種類のリラックスタイムの人生の過ごし方をしたい。有名作家ではフランク・ステラを一作品観たきりなのをはっきり記憶している。遠くからでも一目で判別可能な存在感のある美術作品だし作家だった。フランシス・ベーコンとか一度実物を観てみたい。

一応私の住環境を書いておくと、私の住む地域の美術館にはフランク・ステラやフランシス・ベーコンなどの作品は過去未来永劫ぜったいに来ない知的レベル程度の美術館だろう。単に需要のなさ、かそれとも、情報格差といわれているような社会現象か地域格差を目の当たりにしているのだろうか?よくは分からないが、途方に暮れる。何の知的興奮やそんなタイプの娯楽から遠く隔たっている地域だ。競馬競艇競輪かパチンコやスロットでも何でもギャンブルした帰りに焼肉かステーキかハンバークでも食っておとなしく家に帰り深夜放送でも観てろや!それが一番癒される娯楽だろう?という地域なのかもしれない。

愚痴しか言葉が出てこない。今上記に書いた内容はどれも何ら関係性がないかもしれないし、一側面ではあるかもしれないが、とりあえず今私が住んでいる地域のことなんかどうでもいいし全く気に掛けない精神状態でいたい。とはいっていても、面白そうな場所は私が知らないだけだったり、人間関係が濃密な場所だったりするから絶対的に避けたい場所なのかもしれない。

寂れた商店街にヒップホップ文化の影響の強い服装の数人が店の前でまったりしている場所も一軒だけポツンとあったりするのは知っているが何の店なのか分からない。店のドアの前でゆるゆるしている人物は来客の客を阻んだり入店許可を与えている人物なのかもしれない。扉が一瞬開いた状態であっても中の音が漏れていないし、たぶんクラブやバーのような場所で防音を兼ねて地下に展開された隠れ家的閉鎖仲良し(仲間意識)空間なのかもと想像してみた。そんな空間では趣味の多様性の側面から私はまったく居場所が見出せなさそうだが、ビジネスやコミュニティの側面からは興味をそそられる。

訳の分からない現代美術作品の前で呆然と何かの間違いで迷い込んだ人物が成り行きでついでに鑑賞している的な物語の調子で突っ立っているのが私の居場所として心地が良い気がする。一際人気のない作品をいたく気に入り、その手前の空間で長い時間を過ごすのが。

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