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蒸し暑いせいか物語なんかどうでもいい。物語はしつこく暑苦しいし、この蒸し暑い室内環境の中では余計に暑苦しさが増幅される。軽ろやかに物語の分裂を楽しもう。例え箇条書きであっても手を抜いているとは言わせない熱心さや狂気を盛り込めばモチベーション維持の側面からも問題ないのではないのだろうか?
コメント欄を開けた方が、場の雰囲気を読むことに長けた日本人には有効な戦略だし積極的にそうすべきだ。私のようにコメント欄を閉じると右肩下がりでアクセス数の落ち込みを眺めているしかない間抜けで無能なブログ運営者だ(と思われてしまう)。普通にブログを運営していれば普通にアクセス数(一日の訪問者数)が少しずつ増える一方だ。検索エンジンからの訪問も増える一方だし、こちらは増減もあるがブックマークからの訪問者も少しずつ増えていく。ページビュー(は言うまでもなく)だけでなく、コメント欄を開放した方が訪問者数が増えるのは実体験から確かである。お祭り騒ぎがみんな好きだからだ。それもあるし、読み手側も自分の、書き手側への評価が正しいものか自信を持っている人は少ない。大半の読み手は自信のないインターネットだ。自信の根拠をコメント欄に求めるせいだと思われる。コメント欄はいわば他人の解答欄を盗み見るカンニング行為だ。私は一見さんによる解釈の場を剥奪しようと考えている。コレも雰囲気を読めよという立場を取っているということかもしれない。どうしてもコメントしたければブログを自前で開設してトラックバックすればいいと考えているのかもしれない。それもあるが、環境整備の一環であるという単純なことかもしれない。静かな落ち着いた環境から、インターネット上に文章を配信する内的なインターネット活動も一つのスタイルとして認められるべきだ。
と偉そうな物言いをしていても、当ブログの運営上で私も間違いや失敗はしょっちゅうだし反省もしている。でも、同じ失敗は何度も無意識的に繰り返し行おうと思う。私のような要領の悪い人間は自分の要領の悪いという短所を味方につけるしかない。
アレルギー体質のせいか、夏は肌が痒くてしようがないし、爪で肌を掻いた細かい多数の傷口やかさぶただらけになってしまう。クーラーがないとつらい。痒くて掻いても痒くて精神的に疲れる。市販の痒み止めを塗っても収まらず掻き毟ってしまうと、薬を塗っているので摩擦力が減り、傷が大きくなるので怖い。とりあえず、夏の間は爪を短く保つことを目標にする。暑いのだけは嘘や大げさではなく耐えられない。外に出て活動するのに適した季節かなと思うがひきこもりの特性を持った人間なので快適な室温でないと困るというか耐え切れない。日中の太陽が嫌いだ。暑さに耐えて、体を横にして扇風機を体や部屋全体の空気を攪拌させるように羽や首を回す。そうして目を瞑って体力温存に勤める。寝逃げの一形態っぽくて嫌だが、この場合は他に方法がない。両脇の下にピッタリの発熱用保冷剤があればいいのだが、欲しいのだが。実在する商品なのだろうか?正確な引用は今は手元にないので不可能だが「(額に絞ったタオルを乗せようとしているのを発見して)熱を冷ますには脇の下を冷やした方がいいよ」というゴンのセリフが印象的な『HUNTER×HUNTER』からの豆知識の影響が強いかもしれない。その豆知識が目からウロコなのではなく、「印象的な」点は知識面はあまり関係がないかもしれない。別の側面が印象的で漫画なのにリアリティを感じさせられた印象深いセリフだ。私が一番好きな漫画を挙げる機会があるとしたら全く迷うことなく冨樫義博『HUNTER×HUNTER』以外にありえない。
あまりに暑いから何でそんな発想に辿り着くのか、風が吹けば桶屋が儲かる的論理だろうが、面倒なので内容は明かさないけれど(と思ったけど以下に自然と書いてしまっていました)、あまりに蒸し暑い→家の中が蒸し暑い→騒音も覗きと噂話を恐れて窓が明けられない→この蒸し暑い季節は内にも外にも居場所がない→居場所が欲しい→室内の涼しさが得られないのならば外に出るしかない→外には居場所がない→居場所とは何だろう?→目的のなさや手持ち無沙汰さ?→手に持つ物(出来れば低コストかつ技術向上の練習の場になればいいのに)→何か楽器でも覚えたい→覚えたら発表して自己満足で独りよがりな独学で習得した技術を他者の視線に晒したい→それとブログ運営も同じことなんだな、私にとっては→話がズレた→音楽好きは他者と共有しづらいが楽器が弾ける、は音楽の趣味を他者と共有できる最良の場ではなかろうか?