トーテムポールとジュエリー
今日もブログを書くのが面倒でならない。結局のところの選択肢はワンアンドオンリー唯の一つで「ひきこもり」が伝家の宝刀か。という訳でまた再びリンク集を全削除したいと思います。情報の整理整頓が下手なんでいっそのこと全て無かったことにしたい。
体がダルイのは内臓の循環機能が低下しているせいだと感覚として感じる。水を飲むだけで疲れるのがハッキリ解る。処理能力の低下から水を飲むだけで体が疲れる。喉が渇いてしょうがないというのにです。扁桃腺が腫れているのかもしれない、水を飲みたくなる原因は。喉の乾きを感じるのは感じるが、正確に分析すると喉が腫れて発熱しているから冷たい水を飲みたいというところが正確な物言いかもしれない。しかしその事実は隠れていて単純に「喉が渇いた。冷たい水が飲みたい。」となる。言動とは実際は単純な物だ。自分(私)では言動の内容が解っているが他者には理解されない。そこがもどかしいところだ。というよりも、他者を切り捨てるべき場面に私は今居るということだという判断。
蒸し暑い。室内の熱気の逃げ場がない。暑さのせいでもうどうでもよく感じる。誤解を畏れず記事を量産したい欲望に従順でありたい。饒舌に無力さについて嬉々として語りたい。目を輝かせて無気力さを記述したい延々と。時間だけは私は裕福だ。積極的に時間貧者に分け与えたいくらいに。それが労働の基本原則なのだろうとぼんやり想像しているし確信もしているが、労働(資本主義)の輪に入れない。公務員は資本主義なのか?学校教育は資本主義なのか?という疑問の存在も大きいことだし「資本主義」はそれ自身の単体では何も意味をなしていない。功利主義と道徳心の拮抗に「資本主義」の本当の意味があるのかもしれない。
今日たまたまテレビでみかけたカートゥーン・アニメーション「トムとジェリー」の語感が「トーテムポール(文化)とジュエリー(実質はガラス片やビー玉)」の物々交換から始まるアメリカの歴史っぽく聞こえた。「トム(アメリカ人)とジェリー(ユダヤ人)」の確執の風刺物語の含みもあるのかもしれないと2通りインスピレーションしてみた。ただ単純にアメリカ家屋にはネズミが多く住み着いているので生活上の多種多様な主用箇所に唐突に支障をきたし困るから、ネズミが主食のネコを上位捕食者として雇い入れるという単純に労働についての物語なのかもしれない。
言葉は何気無いし何の意味もないがこのように深読みし放題の泥沼。私は泥縄。前準備が全くなく忙しない気分だし、お祭り気分でもあり、罰ゲームでもあるブログを運営する行為を、日付けの変わり目間際で慌てて投稿している最中。