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リアルタイムの私はこんな文章を投稿する自分が信じられない。

無意義に今日も日記を書こう、他の作業の片手間に。と華麗に冒頭で宣言してはみるものの、片手間は不味いでしょう、道徳的に。ということで無意義ながらも真面目に正面から向かい合ってタイプしています。キーボードのキーって面白いですね。弾力があって押し付けたら自然と柔らかく反発して元の位置へ戻る。普段、私はマウスを主に使うようなインターネットなんで、文章を打ち込み刻み付ける行為がピアノを弾いているかのような、弾力が指と耳に響きます。私はピアノは弾けないし、音が硬く感じて実は不協和音にも聴こえて好きではない派なんですが、和音をゆったりリズミカルに奏でられている奏法というか、ああああ、何と言うか、黒人のしなやかな筋肉で引かれるゆったりすこし間を溜めた感じで弾かれるピアノが好きだし、黒人が硬めに歯切れよく弾くリリカルなピアノも好きだ。日本人が弾くピアノはよく解らない。猿真似にしか思えない時もあれば、ずばり郷愁感をそそられる曲もある。と言うわけで、John Coltrane / My Favorite Things [1960]を聴きながら書いている。

実はよくこの曲をエンドレス・リピートで掛けながらイヤフォンを耳に突っ込んでブログを書いていることが多い。大きな木の船の船底にでも居るような気分にさせてくれるので私が一番癒されるリズム感覚の曲だ。あああ、文章が続かない。書こうと思えば熱く語れそうな気がするんだが、感覚や抽象的にしか書けないような気がするのでブレーキがその都度かかる。身を委ねるパートとブレーキをかける必要があるパートのバランスが難しい。無意義な日記を冒頭で宣言したので、無意義であらねばならないし。かつ我を忘れて書き綴るに指を任せないと少しも筆がすすまない。キーをタイプするのが、文章を書くと表現したり、筆を進める、と表記させる無謀さはどうにかならないものか?といつも思う。ペンを握らずに、ペンは剣よりも強し、的な発言してしまうPCやインターネットによる書き言葉(タイピング言葉)は破綻しているかに感じる、感覚としてやモラルとして。あああ、あいうえお、いろはいろは、書くことが無くなった。私には主張も何もない。日記だし日記ではない。

毎日書く前提が崩れれば日記ではないんであって、内容は無関係で無審査の対象だとは思うが、何か意味のある日記を書かないと不味い気がする。不味い。不味い。不味い。まず不味い。まじまじと不味い。マジ不味い。というより心理的焦りを煽られる気分がして、日記の成立や形成が周辺からじわじわ崩壊して行き、最後には消えてなくなる。証拠隠滅や隠蔽に立ち向かうためだけの最低限の意思を強く持って、書き進めているし、早く投稿ボタンを押さなくては、と焦っている。まったく、ハードボイルドだぜ。せっかく書いた文章が、モラリティーの審査に引っかかって消去しなくてはいけない羽目に陥るなんて!ハメ技だぜ。きっと。きっとハメ技って言うんだぜ、きっと。とか、激しくどうでもいい文章内容のタイピング体操はきっと頭の体操にはなっていない。話題が欲しいような欲しくないような。ありえない文章を書くのもリアルタイムでつらい。時間を置いて読み返せば、アリかもな、と感想が持てる余裕もあるのかもしれないが、現時点では、書かれる現場では絶対的なナシのサイドだ。考えたり自主規制や検閲や粛清を受けるより早くポストのボタンを押さなくては。文章量がショボイと誰かが、仮に名前を「八兵衛」に代表させると、八兵衛さんにぐだぐだい文章の全体を読まれて把握されてしまうのも、、、、、眠い。私がネムイ。退屈なんで眠くなってきた。

書き手である私が眠くなってきた。余計に内容がぐだぐだな方向へと進んでいく。何か涼しくて眠たいし、汗を掻いて体力を奪われて眠気がする。まだまだ文章量が貧弱な気がする。全体を他者に把握されてしまうことへの自虐的な闘いを挑むために進んでいる文章。特に進んでいかない。眠い。眠りたい。眠らせてくれ。それに明日はもっと内容がある日記がかけるのだろうか?不安だ。体を動かさねば、その内死にそうな気がする。不健康極まりない生活に対する反省は常時あるのだが、どうしても過剰に食べてしまう。食べてはダメだ。とメモしておく。粗末な食糧が過剰にある以外は全く豊かで人間的な生活とは言えない。衣食住と三者均一に重点を置かれるべきだ。それが理想で、現実的には、不規則な時間帯に食べたくもない私の好みと真逆の食品をもそもそ口にするストレス。はもう止めにしたい。昔は走ると腕の血管が痛くなったりしたものだが、それは腕を強く振るから血管や血流に負担がかかるし危険信号なのか、今はそれがじっとしていても血管に鈍い痛みが走る。それは止めて置こう。今から。危険だ。内臓が硬くなっている気がする部位がある。肺の下の部分かもしれない。呼吸が浅い日常なので。運動。運動したい。運動しなければ。生活を一新させたい。無理な思い込みはストレスになるので止めておこう。何も望まないしストレスを軽減する日常を心掛けよう。

そう強く念じたり祈ったりして、書き留めて置く。この言葉は重い決意だ。そう信じたい。「そう信じたい」は意味ありげでまとめには向いてない。最後尾には不向きだ。私はだらしない。この文章は他者に読んでもらい、私の主張を知っておいてもらう目的で書いているのではない。私の言葉にならない雲散霧消な気分を言葉によって採取し収集する目的で書いている。こんな気分で私は日常を送っています、ほんとうに救われないです、ストレスが溜まります、というような日記です。特殊な日記な気がします。言葉に依存して気分を留めておこうとしているのが異常な熱心さな気がしますし、インターネットに公開しようとしてもいるが、賭けてもいい、ほんと誰も読んでいないから。一部の未来の私のような他者が読者として読む権利がある。リアルタイムの私はこんな文章を投稿する自分が信じられない。

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