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階級社会を強く意識して改めて自己紹介をしてみるニート

やはり冗談ではなく私の「階級」は、「山手線沿線の4畳半一間のボロアパートから再起」でしかないと私は認識しているのだが間違っているのだろうか?もしくは、駅であさったスポーツ新聞の求人欄を片手に公衆電話に硬貨を投入する、のが妥当な自己評価だと私は考えている。

昔、工場でアルバイトしていた時にそういった人物をたくさん見た。もしかしたら犯罪歴のある方たちかもしれないし、そうでないかもしれないが、そういった階級内部へと身を投じるしか私には残されている道はないように私は考える。

今は単純に準備期間だとしか思えない。「山手線沿線の4畳半一間のボロアパートから再起」はただのイメージでしかなく、山手線沿線沿いに4畳半一間の低家賃の賃貸アパートが実在しているのか現実的には把握していない。夢も希望もないのに、夢も希望も満ち溢れる生活に身を投じるしかない矛盾に満ちた絶望的な人生ではある。

それが出来ないのならば、ここでこうしてぐだぐだブログを書いているしかない、果てしなく出口の見えない退屈な時間に耐えながら。私には何もないし、何もかも捨て去るべきだ。不必要な思い込みや不必要な行動は全て。家族も大事なんかではない。私の両親をみていると、固執すべき郷愁なんて日本人にはありはしないんだと学習しもした。

ぐだぐだ消極的に引き篭っているだけで、全ての思い込みが勝手に手の平や指の間から、滑って抜け落ちてしまう。私の手は何かを掴むに適していない。滑り落ちていくし、滑り落ちていけ。と言う訳で、私には身一つしか持ち物はないんだと、インターネットを除いて、とそう認識している。インターネットを私の人格から取り除けば、駅で、あさったスポーツ新聞の求人欄を片手に公衆電話に硬貨を投入する行為しか残された仕事はないと思っている。

田舎に住んでいるのもよくない。私のような低学歴職歴無無資格無愛想無口で働いても人生の他の時間は、恋愛する退屈しのぎの仕事の口にありつけなければ、おとなしく安い焼酎でも飲みながらテレビでも観ているしかない。そんな人生しかイメージできない。

都会であれば私のようなマイノリティにも優しい世界が広がっている、のかどうかは私には解らない。そうやって、解らない、私は知らない、と気軽に口に出してみるのが唯一の希望なのかもしれない。

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